カテゴリー: 考え方

  • 英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    日本語を母国語とする誰しもにとって、往々にして外国語でのメール本文作成は、日本語でメールを作るのに対し 時間を要します。要する時間はその内容や相手との距離感によって大きく変わりますが、1割増しから2~3倍、10倍増しにだってなり得ます。

    私自身、1社目では社外やりとりは7割がた英語、2社目ではものづくり中小企業の方々に代行して コレポンする機会が何案件かあり、3社目では1つの案件でやりとりを。4社目では営業活動を始めるにあたってのマスメール、飛び込み営業のためのアポどりメール、紹介をいただいての挨拶メール、プライスリスト送付時の営業メール、お礼メール、そして代理店や販売店候補企業へのメール、日本国内での売上状況や生産状況を説明する戦略共有メール、またプレス向けのリリース配信メールなど 様々な種類の英文メールを作成してきました。

    電話は苦手でも文章ならなんとかいけるという方も多いかもれしれませんが、メールというのは非常に奥深いツールだと思います。ここでは外国との英語でのやりとりに絞りますが、例えば;
    ——————————————-
    ・文字と資料や画像が、瞬時に相手に届く。
     (かつて郵送物をやりとりしていた時代とは時間感覚が全く異なる。)
    ・アルファベットでのやりとりにおける互換性は担保されている。
    ・記録として残るため、後々裏付け書類にもなることがある。
    ・口頭でのコミュニケーション後に補ってくれる。確認のためメールを送る
     というのは相手が外国の方の場合には必須ステップ。

    このまま、英文メールの話を少し発展させようと思います。
    メールは、うまく活用するとその人との最初の出会いを強く印象付けられるツールにさえなります。それは営業であれば、事の始まり。以下は、私が4社目においてたどりついた自分の成功パターンです。メールでの事前のやりとりを営業活動における序章として、どう膨らませ位置づけられるのか。私が目指すゆるやかにデザインしていくということのゆるやかさとは、こういうことを指しています。
    日本人の氏名は、どちらが 姓か名か、性別でさえ分かりにくい。この分かりにくさが予想以上のギャップとなる瞬間があり、私にとってはいかにそのギャップを大きく強烈なものにできるかが実はビジネスにおいても非常に有効になると当時ふと考え始めました。在職中、自分なりのセオリーを確立していったことを思い起こしています。私でいうそのギャップとは、会った瞬間相手に感じてもらいたい裏切られ感。事前のメールのやりとりではビジネスパーソンらしいポライトで洗練されたフレーズを織り交ぜつつ、ロジカルに、明言をし分かりやすく。相手に“ビジネス経験を積んだ経験豊富な海外マーケットを統括するマネージャー”らしいイメージを持ってもらいたく、イメージする人物像の性別は意識せずとも時たまはっきりとした物言いをするため メールの受け取り手は男性かなという印象を受けていたかもしれません。
    そして迎える、はじめましてと握手する瞬間。きっと思い描いていただろう最初のミーティングでそこに現れたのは、見るからに若く童顔な女の子。 あからさまに、「Okay.. well, come in.」からはじまった出会いもありました。「荷物はこれだね?手伝うよ」と持ち上げようとする時に、私は「Oh, thank you. But be careful, it’s quite heavy.(あら、ありがとう。でも気を付けて、結構重たいから)」とサンプルをぎっしり詰め込んだ23キロのRIMOWAを預けて言うわけです。当然相手は、「なんだこれ!こんなの持ってきたのかい?」と。
    その後のMTGにおいて、自分が話すべき相手が私であり私しかいないのだと相手が理解し納得してくれるところにまで到達できれば、事前のこの誤ったイメージは膨らませるに限る。そしてギャップとして印象に残るだろうと。要らぬ自慢ですが、私がそれ以上に描いていたのは「TOKYOから3時間も離れた街にある小さな会社に、戦略やら原理原則やら結構話せる女子がいた。しかも多分、結構若い」という印象付けでした。これを私は、徐々に輪郭をつけ、自分のスタイルとして在職中は意識していました。

    その人によって、ちがうべきであるこのスタイル。海外市場に対する会社の目指すところと自身の役割とともに、自身の性格や英語のスキルを客観視し、ゆるやかに想像してみるということも 海外市場においては有効と思います。なぜなら、ほとんどの場合、相手は国内市場と比ではないくらい、私たちを知らないからです。日本市場のような周囲からの情報もなく、往々にして描いたことをそう運びやすい自由度が広がっています。英語のスキルがそれほど高くなくとも その描き方がフィットし功を奏している例も身近に見受けます。彼は言います、「あんまり英語の表現を洗練させたくないんだよねぇ。英語はそんなにできないんです、でも一生懸命対応していますって相手に思ってもらっててほしい。そうすると何かあった際にもワンクッション置けるから」と。海外顧客との英文でのやりとりに関し、独自のスタンスを確立している。
    描いてその通りに無理して振る舞うわけではなく、しょせんビジネスだからということですべてにおいて計算すべきというわけでもなく。つまり、ちょっと思いを馳せて行動してみると、またちがった景色が見えるかもしれないという話です。

    余談ですが、ドイツでタクシーの運転手のおじいさんに「夜8時を過ぎたらホテルから出ちゃいけないからね」と言われていました。30歳にして大学生に間違われたかなと、今でも記憶に残っています。日本国内でもお茶汲みのお嬢ちゃんと間違われたかなと思うこともあり、しかし私にはチャンスにしか見えず楽しめるようになりました。メールのローマ字署名では、苗字は全部大文字にし (例:Yuko SAWA) 名と姓が分かるよう相手に配慮し、距離感を見つつ文中に私が女性であるとわかるような一言を織り込むよう意識しています。

  • 国内?海外?人が動くこの時代におけるマーケットの捉え方

    国内?海外?人が動くこの時代におけるマーケットの捉え方

    4社目で自分自身も多用していた“国内市場”と“海外市場”という言葉。これはつまり日本国内の市場と日本以外のすべての市場のこと。“海外進出”や“海外販路開拓”、この目指すところはつまり海外に拠点のある会社や個人に働きかけ契約を結ぶこと。オーダーフォームによる注文なのかパートナー契約なのかは別として、日本国内以外の顧客を増やすことを指すのだと認識していました。

    これまで、数多くの案件に携わり、他メーカーさんでの事例を間近で見聞きし、自分でも海外営業担当として 欧州、米国、アジア(中国とシンガポール)に出張で出向き、そして反対に日本で彼らを迎え案内する中で感じ考えていたこと。
    組織の運営上(例えば経理上)は必要なことかもしれないけれど、市場を認識する上で“国内市場”と“海外市場”という分け方は都合の悪いことが多々あると思います。国内も海外も、市場はこちら都合で分けられない。この先、この境界の曖昧さはさらにじわりじわりと浸食してくるはずです。

    過去にこんな場面に出くわしました。追いに追いかけようやく受注…と思ったら、日本に住んでいる友人の会社経由で注文すると。(なんと!そうなると、私が当時所属していた会社の捉え方では国内売上にカウントされてしまう。)もしくは、海外でお店や会社を経営している日本人の方であっても、実は日本にも拠点がありそちらから注文すると。オーストラリアのライフスタイルショップだけれど、注文はアジアの商社を通したいと。中東にある個人運営のギャラリーに、わざわざ欧州から何度も買い物に来る人がいると。ドイツのシステムキッチンメーカーもスタイリングの相談を持ち掛けたと。家族で旅行中に東京のお店に寄りお土産を購入した人が、後日欧州でのパートナーになりたいと連絡をくれたこと。アメリカの案件で色々と提案していたが、注文の段階になったら一括でシンガポールからするからこれこれこういうステップを踏んでくれと。スマートフォン片手に、キョロキョロしながら突撃訪問されるようになったと。
    また、こんなこともありました。私が4社目で店長をしていた時代、常々「弊社の商品はすでにどこかでご覧になられたことがあるか」「見たことがあれば、どこで」ということをお客様にお尋ねするようにしていました。英語であれば「NOUSAKUをご存知ですか?」と。相手に「何かお探しですか?」というような主旨の声掛けをするよりも敷居が低いと感じ、お客様へのファーストコンタクトを柔らかなものにすると考えたからです。その時の返答が非常に多種多様で、私が想像していた以上に、世界中で人は日々動いているし、人は世界中で繋がっていると強烈に感じたことが想起されます。

    だから、海外進出という概念も古くなってくると考えています。 情報の伝わり方が意図した経路とは異なる場合が更に増えていくでしょうし、購入経路も直接購入だけでなく代理店やビジネスパートナー、商社を介して、また知り合いや友人知人から。 会社のコストとしても営業活動費、広報や制作物にかける費用が、結果として国内と海外とでその境界が難しい場合が今後どんどん増えていくはずで、経理上必要な区分けかもしれませんが、営業戦略上は国内外市場を1つの大きなマーケットとして捉えられれば理想でありむしろ対応も取りやすくなるのではと感じるに至りました。海外進出というより、全社的な海外対応の促進です。
    また、日本国内にいても、海外市場を意識した海外対応という取り組みは避けられなくなりそうです。 この時代、海外のお客様が現れることはもうもはや避けられない以上、絶対的にしておいた方がいいという段階にきているとも言えます。その最たるものが 制作物の整理(メッセージの整理)、そして商標等と海外保険への認識です。後者についてはまた別の記事でまとめます。

    海外の展示会や出張に出ていくだけが海外進出ではありません。極端な話、海外展示会及び単独出張でPR営業行脚に出る投資と、羽田空港や都内の主要エリアに出店することで期待できる効果は、ある種似ているかもしれません。 「日本に行ったら絶対に買って帰りたいブランドとしての地位を確立する」ということも、ユニークな戦略であり海外進出の1つの形ではないかと以前ボンヤリと感じていました。 こういう考え方にご興味のある会社様に出会えたら、非常に嬉しいです*

    一口に海外と言っても、それぞれの国で結構異なる嗜好性。どの国のどの層への訴求ならできそうか、どんな使われ方なら可能性がありそうか、そんなことを考えるべきなんだろうなと思います。しかし、ほとんどの中小企業さんの場合には社長と社員1名もしくは社長が1人(もしくは外部コンサルタント等と)で海外関連マターを進めているという。 であれば、海外進出の第1歩として、PR/自社スタッフの言語慣れ/嗜好性分析という目的の元、そういった日本国内の観光地に出店するというステップも効果的かもしれません。


    まとめると、海外に積極的に出ていかない場合であっても、1)日本語以外のお客様を意識した紙資料の展開と、2)日本語以外での問い合わせや注文に社内が混乱しない工夫はどこかのタイミングでご準備されるとよいと思います。リスクヘッジを含めてです。この話はまた別途。

    できることは、商品とともに箱に入れる紙資料を捉え直す。 この話は「店頭で日本人が購入されても最終的にどの国の人のもとにたどりついているのかが分からない」という4社目でのふとした気付きによるものです。商品に添えてお客様の手に渡る情報を精査し一度日英バイリンで整えておく。そうすれば差し替える手間も軽減でき、伝えるべき情報の漏れもありません。もちろんコストとして最初はかさみますが、その商品の箱に入る小さな紙がクレーム防止に加えて営業と広報を担ってくれると思えば。尚、私自身は日本語の次に準備すべきは英語と考えています。例えアジア系の方々であってもある程度の価格帯の商品を購入する方であれば 英語を読み書きされるだろうという。また、事務所にいる受注対応者が 英語が苦手な人であれば 和英対応の定型文を事前に作り、空欄に当てはめれば対応できるようにする。注文用紙も、自社のものを極力使ってもらう等。

    海外に出るだけが海外進出ではない、そして海外顧客を意識せずとも向こうから来てしまう まさにボーダーレスな時代にあっという間に突入しました。英語英語インバウンドとあまり言いたくはありませんが、踊らされることなく時流に乗り、山奥からでも楽しんで乗りこなせるような自分でありたいと感じる毎日です。

  • 整合性と一貫性、スペルチェックや基本グラマーの重要さ

    整合性と一貫性、スペルチェックや基本グラマーの重要さ

    1社目の国際見本市主催会社にて、ビッグサイトの天井から吊るすバナーや通路に立てる看板、1000社を超える出展社の社名一覧、動線上に設置する各種看板の原稿チェックを担当していました。

    職業病とはまさにこのこと、それ以降 気になって仕方がありません;
    ・社名の法人格が CO., LTD.なのかINC.なのかどっちだろう
    ・半角スペース以上に空いている隙間は、なんだろう
    ・カンマの後にあるべき半角スペースが見当たらない
    ・同じであるはずの看板とバナー原稿のスペルが違う、なぜだろう
     (どこかで段ずれを起こしたか、文字が飛んだか)
    ・大文字であるべきはずが小文字になっている
    ・もったいない単語のスペルミス、なぜだろう

    例えば、英語での法人格。1つの会社で2‐3種類も存在する状態は、私にとっては気になって仕方がありません。日本国内での法人登記の際に、英語社名や英文社名(株式会社を、Co., Ltd.と表記するような社名)を登記することはできません。英文社名は登記するものではなく、各社がそれぞれ自由に決め 名乗ることができるとのこと。組織が比較的大きい若しくは大きくなる過程にある場合は、定款に定める場合もあるという。したがって、英文社名というのは登記によって決めるのではなく、各会社がそれぞれ好きに「名乗る」というような性質のものとなります。 しかしながら、そうであったとしても、一貫性は重要であると感じます。1つに決めるべきです。

    過去に自社で作成した書類、原産地証明書等の第三者が発行する書類、過去に提出した補助事業等の申請書、 会社の過去メディア掲載時の表記が 細部においてすべて一致している状態が望ましいと思います。会社沿革等の文字情報も然りです。その際に、FoundationとEstablishmentのどちらを使用していくのか。一度整理し、基本形を作成しておくとスムーズな発信ができます。

    余談ですが、1社目にて、東京ビッグサイトを中心とした都内の主要乗り換え駅を記した路線図を作成しました。その際、調べていて今でも記憶に残っているのが日本橋はNihonbashiではなくNihombashi。 社会人2年目で「入稿物は、念には念を入れダブルチェックすべき」という強烈な印象付けがなされました。また、英文書類で頻繁に見かけるダブルクオーテーション(“”)とピリオド(.)の関係。ピリオドは中につく。関連するものでいうと、カンマも中につく、クエッションマークとコロンとセミコロンは外につく。当然ながら、こういった細かな書き方にもルールがあります。

    すべてを覚えている必要はありませんが、特に発信内容(インターネット上であれ印刷物であれ)に関しては、過信せずに確認作業を行うことは重要ステップです。かつてこういった細部の調べものはガイドとなる書籍や精通した専門家に依頼するしか方法がなく、膨大な時間を要したはずです。大企業であれば可能ですが、中小企業においてはこのような細部の話は飛ばされていたでしょう。しかしこの時代、ちょっとした工夫をすればインターネットを活用し正しい解を導き出せます。

    なぜそこまでの細部にこだわるべきなのか。一貫性や整合性は、クオリティです。会社や個人、そしてそのモノのクオリティに直結してしまいます。あちらとこちらで1文字違っていたら、気になる人は気になります。1万円するグラスに添えられていたカードに、小学校で習うような文法上のミスがあったら 私たちはどう感じるでしょう?基本的なミスだからこそ、残念と感じその印象も大きくなります。いう間でもなく、書籍がインターネット上の記事よりも信頼される大きな理由です。もちろん、そこまで気にしない人もいます。しかしどうせなんらかの手間をかけて発信という作業をするのであれば(自社発信かメディア掲載かは別として)、ものの質や会社の姿勢を伝える際にマイナスとなる要素を可能なかぎり取り除くこと。そうすれば、その面での無用なマイナス要素は回避できる。そのための、ステップです。まずは、HPでよく見かける会社概要や会社沿革に掲載されている情報は、一度精査されることをお勧めします。 Word文書にテキストをコピペし、校正ツールにかけるだけで、要検討箇所が一発で表示されます。そのステップを踏むだけでも、有効だと感じます。

  • HPの自主制作を通じて得られた気付き

    HPの自主制作を通じて得られた気付き

    今ご覧いただいている本HPは、制作に関してはど素人の自身による自主制作です。
    私は、新卒の1年目から4社目の終わりまで、HPやシステムのディレクション業務にずっと携わっておりました。このディレクション畑での最初の仕事が、事業部で外部委託していた出展社管理システムの動作確認。IDとPWを入力するとまだ公開されていないHPが見られて、それが望んだ通りの動きをしているのかという確認が業務でした。当時、管理画面という別HPの位置づけが理解できず、一般の人には見えないHPが存在するという意味があまり理解できておらず、さらに「ここ(管理画面のテキスト入力欄)を触ると、あのホームページの文字が変わる」というつながりが見えず、当時は文章の修正1つで四苦八苦。
    その後 転職を繰り返し、所属した企業の規模によっては自主制作という選択肢も一瞬頭をよぎったものの、結局は4社目の終わりまで、自分で手を動かして制作するということは一切してきておりませんでした。
    餅は餅屋というように、そこはプロに任せるべきで私には私のできることがある;それが会社にとって最善だというのが 当時の私の考えでした。

    しかし5年もの間、仕事の前線から距離をとり、ずっと以前から気になっていたことがやはり今でも気になっている自分に気付いたのです。 テンプレート、オープンソース、ワードプレス、ムーバブルタイプ、そしてレスポンシブなどとよく耳にするようになりもう何年になるだろう。本当にそうなのか、実際のところどうなのか。実際、どんなものなら自分で作ることができるのか。
    Google日本法人の元社長が以前、「世界では無料サービスがどんどん開発され、ブラッシュアップされている。日本人はもっとフリーサービスを利用すべき」と仰っていた言葉が強く胸に残っていました。

    5年ほど子育てに専念して社会をなんとなく見てみると、やはり、一定数の人がHPやシステム構築に携わり 生計を立てている、そして個人のブログや趣味のHPを立ち上げる人は依然として大勢いる。ECサイトやカード決済への敷居もかなり低くなっている。メルカリやCreemaというサービス、noteなどという新しいプラットフォームも誕生している。やはり、気になっていたことに着手すべきではないかという結論に至りました。私も自分でできるかな、やってみよう、というHPの自主制作です。

    無料でどこまでできるのか、有料との違いはなんなのか。そしてその先にある、プロに依頼するとはどういうことか。 非効率なことが苦手な自身にとってわざわざど素人の自分がそれでも実際にこのステップを踏むかどうか、数週間行ったり来たり。それでも、今回も、ワードプレスの無料テンプレートをリサーチするところから始めてみました。
    そして本年7月から、ひとまず仕事再開で小さく始めるとはいえ、フリーメールにはやや躊躇いがあり、結局レンタルサーバー契約、ドメイン検討から登録、メールアドレスの設定。ついでにポートフォリオ代わりのHP準備。
    目的、イメージするターゲットの整理、構成の検討、サービスの整理を、ここでもまた行ったり来たり。今まで何気なく耳にしていたプラグインやウィジェットなどという単語や概念が徐々に身近になっていく新鮮な感覚の中に身を置いています。 今ご覧いただいているHPがまさに仕上がったもので、なんとか形になりました。

    しかし、結論として、私にはここまでだなと。コーディングを学ぶ気にはならず、WEBデザインという領域も然り。やはり、餅は餅屋であると感じ、今後もこの分野においてはディレクションという立場に身を置き 信頼する外部の方と連携したいと感じました。今回、本HP制作をおこなったことで、その思いが5年前に比べかなりはっきりしたことが非常に大きな収穫です。 プロに依頼する意味を体感でき、やはり自分でやってみたからこそ強く実感できたという。

    ご参考までに、本サイトはWordpressを使い、そこに有料テンプレートを挿入し制作しています。
    プラグインを3つ使用した以外は、そのテンプレートの範疇です。例えばTOP画像の切り替わりはもう少しシンプルでよかったのですが、そこに思いを馳せ時間をかけることはやめました。この仕上がりで、今の私には十分(good enough)と結論づけています。パソコンはWindowsで、サイト内の画像はすべてiPhone、編集はペイントブラシまで。
    制作の目的や使途、位置づけは具体的にイメージしています;
    ・名刺+αの、職務経歴書代わり。お会いした後、名刺に掲載したURLからアクセスしていただく。 また名刺交換前の、自己紹介ツール。また、私を紹介いただくことが発生した際に、知人やお客様にも使用していただきたい。
    ・SEO対策やアクセス数を増やす対策までは、正直今の時点では考えられておりません。したがってシェア機能等はつけていない。
    ・SNS連携もしない。SNSは公私混同で楽しんでいるため公開予定はない。
    ・無料ブログサービスではなく、いわゆるフリーランサーとしての自己紹介および書きたいことを書き溜める場。これまで社内外の会社紹介、製造工程、キャッチフレーズ、取扱説明書、FAQ、プレスリリース、店頭POP、自社HPのコラム等の文章作成を担当してきた中で、自分の書きたいことを書くプラットフォーム(COLUMNページ)。今が最終形ではなく、トピックにカテゴリーや語尾語調など 変化していくものとして捉えている。
    ・本ページにあるような長文記事は、「こんな人に届いたらいいな」と具体的にイメージする人がいることもありますが、好きなことを書き溜める場です。

    3歳5歳というまだまだ手のかかる息子らがいる中でこの7月から始動する、フリーランスとしての活動。
    仕事に邁進していた正社員という立場を離れていたこの5年は、子育てをする中で取り組むべき意義を感じられたものとクライアントとなる人に直接依頼いただいたもののみに携わってきました。その間、その制作物の性質と運用を考え、イラレ入稿ではなくパワーポイント資料として制作し納品することを提案した案件がありました。構成から文章までをすべて1人でこなした、30ページにもなる紙媒体の制作です。この仕事のおかげで、制作物の概念がまた変わりました。また、隣で夫の仕事を見ていてもそう、 Keynoteで作る資料やHPの更新、HTMLメールの活用などをサクサクと見様見真似でやっていく。
    プロへ依頼することと、素人でもできること。境目が曖昧でぼやけているからこそ、様々なオプションがあることも理解でき、ケースバイケースであると確信しました。