カテゴリー: 事例

  • 仕事が広がる

    仕事が広がる

    先週 MTGをおこなった新卒の男性に、「周囲の先輩を“○○さんも○○さんも、周りの人たちがみんなすごいんです、尊敬しています”と素直に表現できることは素晴らしいことだと思う。でも、今あなたに求められているのは 尊敬だけではなく、どうやったら自分もそれをできるようになるのかスキルを盗んでいくことですよ」という話をしていた。 さきほど会話をした20代半ばの女性に、「今の時点で、自分で自分自身について “性格的にこれは苦手だな”トカ“これよりもこっちが向いていると思う”と判断するのは少し早いかもしれない。若くて体力がある今の頃は、自分の領域を少しずつでもまずは広げていくように考えるといいと思う。今は、やってみる/体得していく時期という風に考えて。沢山の引き出しや経験を積んで、30、40、50代となっていくにつれて 自分の仕事の領域や適性、心地よいと感じる仕事との距離感なんかが 見えてくるんじゃないかな」と伝えている自分がいた。

    振り返ると、最近特に、人に関わる部分の仕事が少しずつ増えているように感じています。いわゆる、会話のようなMTGが増えてきたように思うことと、「月額契約(プロジェクト毎ではなく継続型)の案件に関しては「ちょっといいですか」や「話せますか」「○○さんと話してみてもらえませんか」と言われるようになってきた。具体的な業務云々ではなく、仕事をしていく上での感情の変化や 仕事との向き合い方、モチベーションの保ち方、また、ヒアリングをしていく中で明るみになる組織の中での滞りやストレスを解消したいという欲求を適切に導いていくこと。かつて組織図の原案作り自体を担当し、その導入に関しても中心となって関わらせてもらった経験が ここに繋がると気付かされます。
    チーム編成の重要性は以前にコラムにもまとめた通りですが、いわゆる組織論、仕事への姿勢、キャリア形成などということに関して、思い起こせば実は私自身も関心が高かった。特にやはり、女性のキャリアの築き方、キャリアの棚卸、家族観や人生観の変化、ブランクを経て仕事を再開する際の考え方・組み立て方。そのあたりに、やはり興味・関心があることを最近意識します。そしてそれがここにきて、1つの仕事領域にもなりつつあると感じています。

    5年の専業主婦期間を経てフリーランスとして仕事を再開してこの2月で、1年8か月となりました。こと仕事においては、時たま振り返ることが癖づいています。振り返る内容というのは主に
    1)いま自分がどこにいるのか(何に適性があるのか)を捉え直し、
    2)足りていないスキルを洗い出し、
    3)今後どういう可能性が少し前の未来に見出せるのか
    というあたりである。こういう類のことを考えるのは、いつ頃からか楽しい作業にもなっている。こういう風に 時たま振り返り 客観視してみることで、それこそ上述したような自分の新しい仕事領域も見えてきました。

    この「対ひと」においては、思い起こせば 《ダイアローグMTG》と呼んでいるものを業務として請け負うようになっています。これまでに、3つの会社を経営する社長職の方と、あとは小規模の製造業を営む社長職の方に対し フィーをお支払いいただいて実施を。2週間ごとに 75分のセッションを3回行うことを基本とし、MTG後に私が資料として その対話を振り返り、分類し、要点や質問を加え、また次回それをもとに対話を掘り下げるというものです。きっかけは、「何をしている人なのか 分かりづらいとよく言われるので、それを整理したい。自分でも 3つの会社の説明が拙いと思っているので、それらを整理してもらえないか」と言われ、3回にわけて対話し、最終的に紙面でご提案を。その話を別の会社の社長にしたところ、自分にもやってほしいと言われ実現しました。本HP上でもサービスとして謳っておらず、また、そういった内容の話にならない限り 私自身も言葉にしないため 今これ以上の広がりはないものの、私自身の仕事の幅として ここは少しじっくりと広げていきたいとひそかに思うようになっている。

    振り返ると、新卒から合計4社で仕事をする中で、常に新しい業務領域へのチャレンジがありました。営業という職種を1つとってみても、対既存のリレーション構築のような関り、新規への飛び込み営業、当たり先の洗い出しから行うリサーチ、キーマンが誰かを判断する推測作業、イベントや企画を軸とした活動、広報的なリレーション作り、戦略的に構想を練ることまで幅広く。店長業務といっても、店舗立ち上がりの際の契約書の読み込みや工事の立ち会いまでを経験させてもらい、備品購入、防火防災責任者の講習を受け、危機管理マニュアルを作ることから、スタッフの面接・研修、店舗のルール作り、売上管理の仕組み作り、副店長を育て店長のバトンをパスするまで。制作物に至っては、どういった形態のものを作るべきか/何も作らないべきかというゼロいちの議論から 1つ1つの文章の日英作成。印刷物でもHPでも、構成作りから担うことが多かった。対海外という仕事においては、1枚のA4英文レターを作るだけで1週間かかっていた新卒時代を経て、今では営業から広報、リレーション作りまでを包括的に担えるよう経験を積ませてもらいました。

    新しいことへのチャレンジ。
    気力も必要だが、40手前になっても仕事が広がる。広がっている。そして、種が見つかる。そう、まだまだ広げられる。嬉しく、大切な感覚です。

  • チーム編成の重要性

    チーム編成の重要性

    昨年秋から年の瀬にかけ、英文HPをゼロから作成するプロジェクトのディレクションを担いました。ゼロという意味が、まさに言葉通りにゼロで、ドメインの検討や海外向けメールアドレスの検討から取得決定とともに、社内にほぼ英語の資料がなく、英語どころか日本語を1から構築するというユニークな案件です。私が見聞きする通常のパターンは、まずは日本語ホームページを作成し、もしくは既存の日本語HPをもとに英語版ホームページ制作を作るという。 会社沿革に至っては、社長にヒアリングをして初代まで遡り、社内でも過去の資料を探してもらいつつ日本語で原稿化したという状況でした。 往々にして国内市場へのメッセージとは若干変えた方がより望ましいため そっくりそのまま英語へ翻訳することはないのですが、それでも日本語版をもとに多言語化を進めるケースが一般的です。今回、確かに日本語HPはあったものの、社長とともに「現在の会社の状況を表しているとは言い難い」ことを確認し、日本語HPは参照せず英語版からのスタートでした。

    今回のこのタイミングでの新規HP制作ディレクションは、私にとって大きなチャレンジでもありました。5年ぶりの本格的な全体ディレクションであり、世の中のトレンドや技術がどうなっているのか、そのキャッチアップを含めて自分が担いきれるのかという不安も当然見え隠れ。クライアント先の社長に対してもこのHPを大きな弾みとして 国内市場以外に可能性を見出してほしいという気持ちが非常に大きかったことも、緊張感とともにプレッシャーとなりました。さらに、案件として引き受ける際にまず確認する予算と納期ですが、 納期は、構想から3か月強、チームが固まってからは2か月だったか。 ここもまたタフな要件であったことは記しておくこととします。
    納期もしくは予算にゆとりがあれば複数の進め方やチームが検討できるものの、今回は時間ばかりが過ぎていくピンチに見舞われそうになりました。なかなか決定できそうになかった肝心の制作を引き受けてくれるプロについては、最終的に友人のつてをたどることに。結果的に、様々なプロのスキルと目線の高さに触れ、支えられ、クライアントの想像を超えるものに仕上がったようで安心しました。一連の制作期間を通じて考えたチーム編成について私見をまとめておくこととします。

    ディレクション案件を引き受ける際に、普段私が考えていることは以下のようなことです;
    ・クライアントは何を望んでいるか。
    ・何を満たすべきで、どこまで膨らませるべきか。
    ・その案件は、何を要に据えるべきか。
    ・すでに存在している素材は何か、そこに手を加える必要性がありそうか。
    ・一度で達成できそうか、若しくは複数段階に分けて考えるべきか。
    上記は非常に抽象的な視点ですがこの時に、常に「どんなチームを組むべきか」を並行して念頭に置いて 様々なケースを検討します。

    私見ですが、プロジェクトの成功には関わる人の相性が非常に重要であると感じています。関わる人の志向性や雰囲気を、実はとても気にしてチームを検討します。それは直接的なクライアントとの相性とも言えますし、実際一堂に会するかどうかは別として横に繋がるメンバーが1つのチームになれるかどうかも想像します。知人や友人である場合には、 馴れ合わないよう程よい距離感を意識し合える間柄であることはもちろん、逆に遠慮が出過ぎないか、お互いに心地よいと感じられるか。これらはすべて、プロジェクトに関わる個々人が意欲的に、ポジティブなマインドでスキルを提供してくれることがなんであれ完成品の質を引き上げることに直結すると過去の案件を通じて感じてきたためです。各々が日々様々な案件に同時並行で携わる中、思いをもってスキルを惜しみなく提供してくれたりリソースを割いてくれたり粘り強く対応してくれるか否かは、最終的には気持ちの部分で優先してくれるかどうかであると感じるに至りました。先日も別の案件で、「1割ほどめり込んでいるかもしれませんが、まだ予算内ですよ」と言われたことがあり、パソコンの前で小さく頷きました。

    複数の立場の人に関わってもらう場合には、それぞれの役割分担を明確にし、下位分担まで心がけ、クライアントには折々で説明と確認をします。 今回は撮影、翻訳(やりとりは2名だがバックにもう1名)、制作(やりとりは1名だがバックにもう2名)という3者。関係者が複数で且つはじめましての場合に発生しがちな、「自分がどこまで担うべきかと、モノを申していいのかという遠慮」に対するプロジェクトマネージメントの役割も強く意識しました。それぞれの担当者に対し、私自身の役割を伝え、通常どんな風に線引きをされているのかや今回どこまでを担ってほしいのか、どんな観点からのアドバイスが欲しいのか等も伝えます。
    最終的に、どこの誰からの提案を優先するかはその時々で変わるため上記の進め方を心がけても曖昧さが残ります。しかしながら一方で、最初に決めた線引きにこだわりすぎると全体の質が下がります。今回も、要所要所で非常に的確な指摘、疑問出しや再検討をしてほしいというリクエストがありました。最終的に「ここはクライアントの第一印象で進めよう」と決定したこともあり、コーディネートに近い選択をした箇所も幾つかありました。ディレクターがどこまで強く意思決定を通すべきかも、1つの案件の中でも柔軟に対処すべきと私自身も感じられた案件でした。
    あわせて、プロジェクトのスタート時点では想定しきれていなかった小さな検討事項や付与されるべき機能が、制作も半ばに差し掛かった頃に顕在化。あるあるではあるものの、予算と直結するためディレクションを担う立場としては小さな悔しさが残ります。今回でいうと、例えばCookie Policy。当初は一切念頭になかったものの、ふと気付けば海外サイトでは頻繁に表示されました。追加制作が納期にはまるか、そして当然予算を確認し、クライアントにはこちらの最終的な意見を含めて伝え、判断を促す。今回は特に、私自身に5年というブランクがあったこともあり、できるだけ客観的な意見にするためにHP制作会社や海外在住の知人に相談を。ふとした時に相談できる相手がいるというのは、個人で行う上で非常に重要であるとこの時にも痛感しました。

    以前師事していたデザインディレクターが「キャスティングでうまくできた時点で自分の仕事の半分以上は終わったようなもの」と言っていた言葉を思い出します。今回は、ディレクションに加えて英文HPの構成を1から検討し提案としてとりまとめ、 元となる日本語の原稿をすべて担い、最終的に冒頭に表示させる英文メインメッセージを作成するところまでの実務を担当したためにそうも言いきれませんでしたが、それでもこの関わるメンバーのおかげで非常にスムーズ且つ気持ちよく着地した仕事になりました。ここをスタート地点として、この英文HPを通じて売上に繋げていく仕組みと動きは、これからです。

    クライアント:土田酒造株式会社
    https://tsuchidasake.jp/

    ※私的な考えを綴ったエッセイです。無断での転載・複製はご遠慮いただいております。

  • 商標や海外PL保険について、今だから思うこと

    商標や海外PL保険について、今だから思うこと

    これまでこのテーマについて積極的に発信しようと思ったことはありませんでした。世の中には知見を深めたスペシャリストがいるため、私に言えることはないだろうと。しかし、昨年引き受けた1つの案件を通じ、考えを改めました。そのこと含め、商標や海外PL保険について私の考えを書き記すこととします。ものづくり中小企業(ネジ等の部品もそうですが、それ以上に消費財メーカー)の経営者の方には、特にご一読いただきたい内容です。

    昨年、都内の老舗硝子メーカーさんのお手伝いをしていました。ざっと見るに、工場に職人さんが20名ほど、 梱包発送作業等に5名前後、事務職は2~3名でしょうか。優良企業と思う会社さんです。依頼内容は、英文覚書書類の内容確認。 よくある、複写式の契約書の裏面の内容です。 英語で細かい文字がびっしり並んだA4で2枚分にもなる覚書の内容を読み、訳し、納品する際に自分なりの意見を添えました。
    余談ですが、本来、会社としてサインしても問題ないかどうかを確認するということは、然るべき資格や経験のある人に依頼するのが理想だと私も思います。しかし、中小企業という会社規模からして、予想される取引額と比して今ここに数十万円を払うほどではない。しかし相手にサインを求められている。そういう状況において、ベストではないがよりベターな選択という観点から私にいただいた相談であると理解しています。今回のケースにおいて、私自身が責任の取れる立場ではないため、
    ・各文章をできるだけ忠実に訳す
    ・可能性があれば口頭でリスクや考えられる場合を補足する
    ・日本語を整えるステップは省き、迅速に対応する

    10項目ほど和訳したところで進め方の確認をし、中ほどで一度電話でお話ししました。議題は、商標の確認と、海外PL保険についてです。

    契約書や覚書書類なるものを久しぶりに熟読しましたが、これは作成した側の会社のスタンスが如実に表れるものだと再認識しました。相手から提示される書類は大概の場合、相手に利があるようにできている。当然のことと頭では分かっていたものの、いざその各文章に向き合ってみると驚くほどそうでした。何も問題がない時には単なる紙きれではあっても、いざ何か困ったことがあると大きな盾となる。小さな文字でびっしりとうめつくされる紙面の中に、「いついかなる時も私たちを訴えない」などと上品な言い回しでさらりと盛り込まれる文書。やはり、読まず(理解せず)してサインするというのは大きなリスクです。外国の会社とやりとりをする場合、複写式のオーダー用紙を頻繁に目にします。展示会場であれ事務所での打ち合わせであれ、複写式の場合にはその場でサインせずに 後日データもしくは原本で送ってもらうことをお勧めします。

    さて、話を戻します。商標については、JETROさんや中小機構さんのセミナー等で、私自身、かつて何度か耳にしたことがあるので ここでは そう掘り下げることはしません。有田焼の産地のように、先に外国で商標をとられてしまったために思うような訴求ができないという困ったケースというのは、実は他でも耳にします。マイナスから始める海外対応は本当に大変だと思います。一度確認されることをお勧めします。

    そして、本題の海外PL保険について。PLとはご存知の通り、 製品の欠陥によりその消費者となる第三者が体の障害または財物の損壊を被った場合、その製品の製造・販売に関与した事業者が被害者に対して法律上の損害賠償責任を負う。 Product Liability=製造物責任です。海外取引の注文額がそう多くない中で、ここにリスクヘッジのためとはいえお金をかけるのか。素材も素材であれば尚更「まだ今は輸出量も少ないからいいだろう」という判断になることは容易に想像ができ 理解もできます。
    しかし、実は輸出量が少ない少ないと思っていても、実際には想像していた以上にすでに国外に商品がわたっているケースもあります。 国内の取引先に納めた商品の一部が実は輸出されていた、少量でのサンプル販売を繰り返していた、さらには外国人が日本を訪れた際に購入し持ち帰っていた、という場合。 この最後のケースは、もはや追いきれるものではありません。個人が旅の途中で購入し持ち帰ったものでさえも外国から製造元として訴えられる可能性があるというのは、恥ずかしながら私の知識にも概念にもない内容でした。 膨らませると、日本のお土産として日本人が購入し外国に運ばれるものもあります。
    冷静に考えてみると至極当然のことであり、しかしロジックとしては理解できるものの 全世界に羽ばたいてくすべての商品に製造責任がつきまとうというのは 一社員からすると やや及び腰になりそうな状況です。当時の私は、欧州では水質の違いから 日本とは異なる問い合わせや交換を余儀なくされるケースがあり、ロシアでは 冷凍庫保管をしていないにも関わらず 類似の状態に商品が置かれる可能性もあるのだと知り、 取扱説明書の文言検討に追われていました。食洗器もメーカーや洗剤の違いで洗いの原理が異なったり、プロ向けであればレストラン設備の違い等で HR業界への訴求にも一概に言えない不安要素を感じたりと、次から次に課題とにらめっこ。どのような状態で使用や管理がされているのかもまだまだ把握しきれていない中で ここまで思いを馳せることはできませんでした。
    私が自分でも色々と調べるきっかけとなったこの話は、先輩経営者からのアドバイスによるものでした。アメリカでコンテナごと紛失した経験がある方で、私が想像できないほどの困難な状況をくぐりぬけてきた人です。例えばアメリカで訴えられる場合、その事案において販売元と製造元にそれぞれどの程度責任があるかが整理されるという。アメリカ現地の販売店はその規模問わず保険に入っており、当然日本のメーカーも海外PL保険に入っているものと思っている。訴えられた際に、販売店側も製造元である日本のメーカーが海外PL保険に入っていなくて驚いたというケースも聞きました。日本においても、百貨店や多店舗展開されている小売店、それ相応の規模の販売店であれば海外PL保険に入っていると推測されます。今回は、「ガラスという素材であれば、尚更、具体的に検討するいい機会かもしれないですね」という示唆をいただきました。

    そんなことは、そうそう起こらないではないだろうと思う一方、文化が違えば価値観も行動も違う。トラブルも想定外です。日本では考えられない使い方をする場合もあれば、使命感と善意で本気で法的に訴えてくることも考えられます。手間も時間も労力もかかるから生死にかかわる事案でなければ穏便に解決しようと思いがちな日本人に対し、相手は専門家が一括で対応し法的な手段をとった手数料含め訴えればマイナスはないという考え方かもしれません。

    私たちからすると言いがかりと感じるケースや、個人の責任ではないかと思う場合であっても、被害者(訴える側)が訴えるという行動に出る以上は対応しなければなりません。損害賠償金はもちろん、そういった訴訟費用や対応にかかった費用等が 海外PL保険で補償されます。

    これだけ人が行き交う時代、思いもよらぬ何かに遭遇する不運に見舞われる可能性が 2、30年前よりも明らかに高いという事実は認識すべきと思い 今回ここにまとめることとしました。これまで起こらなかっただけでいつだって起こる可能性があるという、そういう類のことと感じます。 ネットで検索すると色々と情報が出てきますし、お付き合いのある保険会社さんに一度ご質問されてみる、また実際に加入している方のお話を聞くこともよいと思います。不安を煽りたいわけではありませんが、事業規模の大小を問わず ものづくり中小企業や個人の方々には、海外PL保険に加入されていないのであれば、入っていないことを入っていない状態として認識していただきたい。そう感じています。

    ※私的な考えを綴ったエッセイです。無断での転載・複製はご遠慮いただいております。

  • いつだって悩ましく難しい、「英語ができる」スタッフ探し

    いつだって悩ましく難しい、「英語ができる」スタッフ探し


    会社員時代、皇居にほど近い丸の内エリアに、自社として初めての路面店を出店することになり その立ち上げ担当となった。 完成した店舗は横に長く、8-10メートルほどの通路に面した側が、床から天井までガラス張り。商品の価格帯は1200~15,000円、まとめ買いすればあっという間に2-3万円になる自社商品をすべて置いているいわゆる会社の旗艦店。
    引渡し前の立ち会いチェック、備品の洗い出し、本社とのやりとり、人材確保そしてスタッフ教育。スタッフ採用に関し、ある程度の裁量を与えてもらっていたが、社長から提示された条件が1つ。スタッフとなる人は、英語でお客様とやりとりができること。

    巷でよく言われる「英語ができる」に求めることは、その達成目的によって大きく異なります。そして社長からのたった1つの条件が、今回のそのハードルは、相当高いと大きく息を吐き出したことを覚えています。
    社会人として体得すべき仕事への姿勢や取り組み方を粘り強く私に叩き込んでくれた1社目の会社にて、1年目の2月だったか、そこから派遣社員さんの採用活動を担当することとなりました。私付きとして、私の指示とマネッジのもとで業務を遂行してくれる派遣社員の方を自分で採用しなさいという上司からの提案です。全体像が見えない中でも暗雲の中に責任という文字が見え隠れし、当時の私にはそれはそれは肩に重くのしかかる。終始私につきまとい、溜息しか出ないくせに 業務上のベターのためにはやるべきだとも分かっている。そんな腹のくくりきれない私に対し、その上司は1週間後、「そんなに悩んでるなら、その悩んでる時間を俺はその派遣社員さんに充ててほしいと思うよ」と。
    そこから私を取り巻く「人」の物語が始まりました。毎週のように人材派遣会社さんからの紹介で面接を繰り返し、在職中は常時数名の方に来ていただくことになりました。苦い、歯がゆい、胃が痛くなるような経験もそれなりにし、例えば派遣会社が潰れその方にはっきりとモノを言われたり、持病が悪化したり、突然夢に向かいたいと言われたり。「人」のことはいつだって悩ましい。「誰かに頼むより自分でやる方がよっぽど楽だ」と何度終電間際の新宿駅に向かう帰り道、「溜息をはすぐに飲み込めば大丈夫」といつかの古い記憶に励まされ 夜空を眺めたことか。

    当たり前ですが、社員と異なり、派遣さんやパートさんにどこまで会社が求めるかは色々な考え方があり、私もそれについては日々考えてきたつもりです。
    そして私の採用は過去の反省と私なりのルールがベースとなり、ここでは久しぶりにその原則を引っ張り出して対応しました。

    今回私が描いた、採用閾値(スタッフとして旗艦店で働いてくれる人のイメージ像)は、過去にビジネスで英語を使用したことがある、駐在で旦那さんについて住んでいたことがありご自身も勉強熱心なタイプである、英語での実務経験は少なくとも日本語が美しい、学生時代に塾や企業の受付業務をしていた、など。そして、年若い私から指示や指摘を受け止められること。この最後の1つが、実は案外尾を引くことがあると感じてます。中長期的にその方がいいコンディションで業務と向き合ってくださるかどうかの、一番難しい部分であったりする場合があります。英語をビジネスの場においてある程度自由に使いわけ 会話ができる人であれば、他の企業にとっても当然魅力的です。且つ、そういう人は当然ながら学習意欲も経験を積むことへの意識も高いことが多く、次のチャンスを考えています。そして、当然やってこられた自負がある。若い私からの指摘をどう感じるのか、反発されても部分的にはまあ当然と私だって思うわけです。 言語スキルが高くビジネス経験があり、さらなる習得と本人に就業の強い意思があったとしてもいいお見合いにならないケースもある。それがこういう場合です。たとえ採用に至ったとしても、早いうちに他へ移ってしまうケースです。

    ”英語を使う仕事です”業界の中で、ほぼほぼ無名の会社が、東京のど真ん中でそんな素敵な人を採用できるのかと。(当時は東京での認知度はまだかなり低く、ものづくり業界の中での盛り上がりと世間との温度差を一担当としてひしひしと感じていました。)
    採用に関しては、きっと皆さんそうでしょうが、結局最終的には感覚を信じることにもなるわけです。喉から手が出るほど誰かに来て欲しいけれど、その誰かがいることによって次に出会えるかもしれないさらに素敵な誰かの席がなくなる。でも暫くその次の素敵な誰かに出会えなければ、私はどうするのかと。その時に ふっと決めるのか見送るのか。その人に会った自分にしか分からないし、30分やそこらで何が分かるのかという気持ちにもなる。すると、時として、賭けのような思考回路になるんです。一度採用を決めたら決めたで、確かに心はスッキリもします。あとは、その方とすでにいるスタッフと、よりスマートでお客様に心地よいと感じていただける空気を作り出し、商品を伝え 販売していくこと。そこからは、とにかくその人に全力で向き合うこと。
    1つ質問をされれば、はっきりとした言葉で返事をし、加えて「過去にこういうケースがあった、こういう場合も考えられる、本社ではこういう風に捉えている、今の判断はこうだけれども 今後方針が変わる可能性だってある。だから、お客様には例えば~と伝えたり〇〇というフレーズを使うこともある」と。日本語で説明し、具体的に英語でのフレーズを確認する。過去に海外出張中であったケースを共有する。とにかく毎日、オープンした当初は 言葉通り私自身が毎晩終電で帰宅する日々でした。お店が閉まるまではスタッフとよく話し、ニュアンスを繰り返し確認し、彼女らが帰ってから自分の仕事をするという。社長にまつわる笑い話や工場の作り手、 電話でやりとりをする事務所メンバーのことも、私が知る範囲で沢山話しました。振り返れば、何の化粧水を使っているかとか旦那さんとのこぼれ話も懐かしく、また、高岡や富山出身のお客様も多く足を運んでくださり 本社工場から遠く離れた東京の拠点でも高岡や富山の話題をよく耳にしました。その度に、「すごいのは社長であり、こうして足を延ばして寄ってくださる方々の期待を裏切ってはいけない。ここは言葉通りの旗艦店なんだな」としみじみ思ったものでした。

    余談ですが、アルバイトスタッフの採用とあわせて正社員雇用となる店長の面接も同時進行させ、3名の面接をしましたが ご縁がありませんでした。結局オープン時は自分で店長という草鞋を履くことを選び、程なくして日本橋と銀座の百貨店担当にもなりました。各百貨店からのリクエストで 先々の企画提案をまとめ、店長たちとはクレーム事例を共有し、各々の店舗特性を踏まえ各店舗がどこを目指すのかを明確に。
    その後見つかったこの旗艦店の店長は、主人の元同僚でした。人探しの1つの進め方は自分の友人知人を見渡して、「この人に担ってもらいたい。その人がダメなら、この人のお勧めの誰か」や「この人の周りにいる人なら、きっと間違いない。まずはこの人に直接相談をする」です。この彼女に関しては「誰かいないかなー誰かー」と人探しが進まなかった数か月の間に、私がふと主人に「もう一度だけ、携帯の電話帳を見てもらえないかな」で突如急浮上した女性です。ちょうど彼女が前職を辞めて何もしていなかった時期に、タイミングよく主人が「なんで今まで思いつかなかったんだろう」と紹介してくれた方でした。

    話を戻すと、最初に自分の描く最高値(仕事上の自分の分身)を背伸びしてでも描き、3か月なり6か月なりの期間を設定し、本人にも伝え、そこに向けて時間と意識をとにかくかける。包装や熨斗対応といった、店舗運営上の大切な項目は得意な人たちの力を借りる。スタッフに求めることは、雇用形態の違いはこちらの都合だけなので、妥協をしない。気付いた時点で伝える。英単語1つ、動き1つ。そのうち、ガラス張りの店舗で立ち居振る舞うことを心地よいと感じ、ある種そのステージで演じることを楽しめるようになってくれたらと思っていました。

    東京であっても中小企業における「英語ができる」スタッフ探しは、なかなか難しいと感じています。任せられ、そしてその人が数年にわたりいい仕事をしてくれるかどうか。それでも一方で、組織が小さいが故に なおさら人次第で目に見える変化がすぐにでも起き出す場面や出会いたかった相手を紹介してもらえる瞬間に身を置くと、ああやはり人なんだなと深い確信へと繋がります。

    しかしこう言っては元も子もないとはいえ、英語ができることもそうですがそれ以上に、その人のまとう空気感や笑顔の様子、凛としたオーラの方が、実は会社として伝えたいことをよりしっかりと相手に伝えてくれる要素になるのだと後に気付くことにもなりました。最低限の専門用語は覚えるべきですが、ゆっくりと丁寧に会話することを心がければ、簡単な単語やフレーズで十分とも言えます。例えば ニュアンスの難しい内容であれば 文字でまとめて それをご覧いただければそれでよい。何も会話で伝えるだけがすべてではない。お互いにいい大人、きっと伝わるはずなのです。実は、そういう人たちを 海外展示会のブースでも時たま見かけます。英語は単語だけであっても、雰囲気に圧倒されたり つい目がいってしまう。雰囲気に所作、そして笑顔とアイコンタクト。英語がどれほどできるかにこだわりすぎると、本当に大切な何かを見失いそうにもなる。今はそう思っています。

  • 英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    日本語を母国語とする誰しもにとって、往々にして外国語でのメール本文作成は、日本語でメールを作るのに対し 時間を要します。要する時間はその内容や相手との距離感によって大きく変わりますが、1割増しから2~3倍、10倍増しにだってなり得ます。

    私自身、1社目では社外やりとりは7割がた英語、2社目ではものづくり中小企業の方々に代行して コレポンする機会が何案件かあり、3社目では1つの案件でやりとりを。4社目では営業活動を始めるにあたってのマスメール、飛び込み営業のためのアポどりメール、紹介をいただいての挨拶メール、プライスリスト送付時の営業メール、お礼メール、そして代理店や販売店候補企業へのメール、日本国内での売上状況や生産状況を説明する戦略共有メール、またプレス向けのリリース配信メールなど 様々な種類の英文メールを作成してきました。

    電話は苦手でも文章ならなんとかいけるという方も多いかもれしれませんが、メールというのは非常に奥深いツールだと思います。ここでは外国との英語でのやりとりに絞りますが、例えば;
    ——————————————-
    ・文字と資料や画像が、瞬時に相手に届く。
     (かつて郵送物をやりとりしていた時代とは時間感覚が全く異なる。)
    ・アルファベットでのやりとりにおける互換性は担保されている。
    ・記録として残るため、後々裏付け書類にもなることがある。
    ・口頭でのコミュニケーション後に補ってくれる。確認のためメールを送る
     というのは相手が外国の方の場合には必須ステップ。

    このまま、英文メールの話を少し発展させようと思います。
    メールは、うまく活用するとその人との最初の出会いを強く印象付けられるツールにさえなります。それは営業であれば、事の始まり。以下は、私が4社目においてたどりついた自分の成功パターンです。メールでの事前のやりとりを営業活動における序章として、どう膨らませ位置づけられるのか。私が目指すゆるやかにデザインしていくということのゆるやかさとは、こういうことを指しています。
    日本人の氏名は、どちらが 姓か名か、性別でさえ分かりにくい。この分かりにくさが予想以上のギャップとなる瞬間があり、私にとってはいかにそのギャップを大きく強烈なものにできるかが実はビジネスにおいても非常に有効になると当時ふと考え始めました。在職中、自分なりのセオリーを確立していったことを思い起こしています。私でいうそのギャップとは、会った瞬間相手に感じてもらいたい裏切られ感。事前のメールのやりとりではビジネスパーソンらしいポライトで洗練されたフレーズを織り交ぜつつ、ロジカルに、明言をし分かりやすく。相手に“ビジネス経験を積んだ経験豊富な海外マーケットを統括するマネージャー”らしいイメージを持ってもらいたく、イメージする人物像の性別は意識せずとも時たまはっきりとした物言いをするため メールの受け取り手は男性かなという印象を受けていたかもしれません。
    そして迎える、はじめましてと握手する瞬間。きっと思い描いていただろう最初のミーティングでそこに現れたのは、見るからに若く童顔な女の子。 あからさまに、「Okay.. well, come in.」からはじまった出会いもありました。「荷物はこれだね?手伝うよ」と持ち上げようとする時に、私は「Oh, thank you. But be careful, it’s quite heavy.(あら、ありがとう。でも気を付けて、結構重たいから)」とサンプルをぎっしり詰め込んだ23キロのRIMOWAを預けて言うわけです。当然相手は、「なんだこれ!こんなの持ってきたのかい?」と。
    その後のMTGにおいて、自分が話すべき相手が私であり私しかいないのだと相手が理解し納得してくれるところにまで到達できれば、事前のこの誤ったイメージは膨らませるに限る。そしてギャップとして印象に残るだろうと。要らぬ自慢ですが、私がそれ以上に描いていたのは「TOKYOから3時間も離れた街にある小さな会社に、戦略やら原理原則やら結構話せる女子がいた。しかも多分、結構若い」という印象付けでした。これを私は、徐々に輪郭をつけ、自分のスタイルとして在職中は意識していました。

    その人によって、ちがうべきであるこのスタイル。海外市場に対する会社の目指すところと自身の役割とともに、自身の性格や英語のスキルを客観視し、ゆるやかに想像してみるということも 海外市場においては有効と思います。なぜなら、ほとんどの場合、相手は国内市場と比ではないくらい、私たちを知らないからです。日本市場のような周囲からの情報もなく、往々にして描いたことをそう運びやすい自由度が広がっています。英語のスキルがそれほど高くなくとも その描き方がフィットし功を奏している例も身近に見受けます。彼は言います、「あんまり英語の表現を洗練させたくないんだよねぇ。英語はそんなにできないんです、でも一生懸命対応していますって相手に思ってもらっててほしい。そうすると何かあった際にもワンクッション置けるから」と。海外顧客との英文でのやりとりに関し、独自のスタンスを確立している。
    描いてその通りに無理して振る舞うわけではなく、しょせんビジネスだからということですべてにおいて計算すべきというわけでもなく。つまり、ちょっと思いを馳せて行動してみると、またちがった景色が見えるかもしれないという話です。

    余談ですが、ドイツでタクシーの運転手のおじいさんに「夜8時を過ぎたらホテルから出ちゃいけないからね」と言われていました。30歳にして大学生に間違われたかなと、今でも記憶に残っています。日本国内でもお茶汲みのお嬢ちゃんと間違われたかなと思うこともあり、しかし私にはチャンスにしか見えず楽しめるようになりました。メールのローマ字署名では、苗字は全部大文字にし (例:Yuko SAWA) 名と姓が分かるよう相手に配慮し、距離感を見つつ文中に私が女性であるとわかるような一言を織り込むよう意識しています。

  • HPの自主制作を通じて得られた気付き

    HPの自主制作を通じて得られた気付き

    今ご覧いただいている本HPは、制作に関してはど素人の自身による自主制作です。
    私は、新卒の1年目から4社目の終わりまで、HPやシステムのディレクション業務にずっと携わっておりました。このディレクション畑での最初の仕事が、事業部で外部委託していた出展社管理システムの動作確認。IDとPWを入力するとまだ公開されていないHPが見られて、それが望んだ通りの動きをしているのかという確認が業務でした。当時、管理画面という別HPの位置づけが理解できず、一般の人には見えないHPが存在するという意味があまり理解できておらず、さらに「ここ(管理画面のテキスト入力欄)を触ると、あのホームページの文字が変わる」というつながりが見えず、当時は文章の修正1つで四苦八苦。
    その後 転職を繰り返し、所属した企業の規模によっては自主制作という選択肢も一瞬頭をよぎったものの、結局は4社目の終わりまで、自分で手を動かして制作するということは一切してきておりませんでした。
    餅は餅屋というように、そこはプロに任せるべきで私には私のできることがある;それが会社にとって最善だというのが 当時の私の考えでした。

    しかし5年もの間、仕事の前線から距離をとり、ずっと以前から気になっていたことがやはり今でも気になっている自分に気付いたのです。 テンプレート、オープンソース、ワードプレス、ムーバブルタイプ、そしてレスポンシブなどとよく耳にするようになりもう何年になるだろう。本当にそうなのか、実際のところどうなのか。実際、どんなものなら自分で作ることができるのか。
    Google日本法人の元社長が以前、「世界では無料サービスがどんどん開発され、ブラッシュアップされている。日本人はもっとフリーサービスを利用すべき」と仰っていた言葉が強く胸に残っていました。

    5年ほど子育てに専念して社会をなんとなく見てみると、やはり、一定数の人がHPやシステム構築に携わり 生計を立てている、そして個人のブログや趣味のHPを立ち上げる人は依然として大勢いる。ECサイトやカード決済への敷居もかなり低くなっている。メルカリやCreemaというサービス、noteなどという新しいプラットフォームも誕生している。やはり、気になっていたことに着手すべきではないかという結論に至りました。私も自分でできるかな、やってみよう、というHPの自主制作です。

    無料でどこまでできるのか、有料との違いはなんなのか。そしてその先にある、プロに依頼するとはどういうことか。 非効率なことが苦手な自身にとってわざわざど素人の自分がそれでも実際にこのステップを踏むかどうか、数週間行ったり来たり。それでも、今回も、ワードプレスの無料テンプレートをリサーチするところから始めてみました。
    そして本年7月から、ひとまず仕事再開で小さく始めるとはいえ、フリーメールにはやや躊躇いがあり、結局レンタルサーバー契約、ドメイン検討から登録、メールアドレスの設定。ついでにポートフォリオ代わりのHP準備。
    目的、イメージするターゲットの整理、構成の検討、サービスの整理を、ここでもまた行ったり来たり。今まで何気なく耳にしていたプラグインやウィジェットなどという単語や概念が徐々に身近になっていく新鮮な感覚の中に身を置いています。 今ご覧いただいているHPがまさに仕上がったもので、なんとか形になりました。

    しかし、結論として、私にはここまでだなと。コーディングを学ぶ気にはならず、WEBデザインという領域も然り。やはり、餅は餅屋であると感じ、今後もこの分野においてはディレクションという立場に身を置き 信頼する外部の方と連携したいと感じました。今回、本HP制作をおこなったことで、その思いが5年前に比べかなりはっきりしたことが非常に大きな収穫です。 プロに依頼する意味を体感でき、やはり自分でやってみたからこそ強く実感できたという。

    ご参考までに、本サイトはWordpressを使い、そこに有料テンプレートを挿入し制作しています。
    プラグインを3つ使用した以外は、そのテンプレートの範疇です。例えばTOP画像の切り替わりはもう少しシンプルでよかったのですが、そこに思いを馳せ時間をかけることはやめました。この仕上がりで、今の私には十分(good enough)と結論づけています。パソコンはWindowsで、サイト内の画像はすべてiPhone、編集はペイントブラシまで。
    制作の目的や使途、位置づけは具体的にイメージしています;
    ・名刺+αの、職務経歴書代わり。お会いした後、名刺に掲載したURLからアクセスしていただく。 また名刺交換前の、自己紹介ツール。また、私を紹介いただくことが発生した際に、知人やお客様にも使用していただきたい。
    ・SEO対策やアクセス数を増やす対策までは、正直今の時点では考えられておりません。したがってシェア機能等はつけていない。
    ・SNS連携もしない。SNSは公私混同で楽しんでいるため公開予定はない。
    ・無料ブログサービスではなく、いわゆるフリーランサーとしての自己紹介および書きたいことを書き溜める場。これまで社内外の会社紹介、製造工程、キャッチフレーズ、取扱説明書、FAQ、プレスリリース、店頭POP、自社HPのコラム等の文章作成を担当してきた中で、自分の書きたいことを書くプラットフォーム(COLUMNページ)。今が最終形ではなく、トピックにカテゴリーや語尾語調など 変化していくものとして捉えている。
    ・本ページにあるような長文記事は、「こんな人に届いたらいいな」と具体的にイメージする人がいることもありますが、好きなことを書き溜める場です。

    3歳5歳というまだまだ手のかかる息子らがいる中でこの7月から始動する、フリーランスとしての活動。
    仕事に邁進していた正社員という立場を離れていたこの5年は、子育てをする中で取り組むべき意義を感じられたものとクライアントとなる人に直接依頼いただいたもののみに携わってきました。その間、その制作物の性質と運用を考え、イラレ入稿ではなくパワーポイント資料として制作し納品することを提案した案件がありました。構成から文章までをすべて1人でこなした、30ページにもなる紙媒体の制作です。この仕事のおかげで、制作物の概念がまた変わりました。また、隣で夫の仕事を見ていてもそう、 Keynoteで作る資料やHPの更新、HTMLメールの活用などをサクサクと見様見真似でやっていく。
    プロへ依頼することと、素人でもできること。境目が曖昧でぼやけているからこそ、様々なオプションがあることも理解でき、ケースバイケースであると確信しました。