T H O U G H T S & N O T E S

今思えば、3社目の上司は、マーケティング思考にとても長けていた。3社目で30近く。当時私は彼女のアシスタントとして各種案件に携わっていたものの、今思えば戦力になったというより育ててもらった記憶しかありません。

この上司は、クライアントのニーズを紐解き、担当者の立場や意図を細やかに汲み、クライアントの満足がどこにあるかを常に軸に置いて動ける人でした。また、迅速に社内調整を図り、関係者とチームを作り、多少無理なスケジュールであっても協力させることができる強さと説得力もありました。とはいえクライアントに肩入れしすぎない、絶妙な塩梅で相手の満足度を超え、自社の利益を考えるという。コンサルマインドを背中で私に示してくれた人です。厳しくも愛に溢れ、お酒も好きで人も好き、率直でロジカル。肝のすわり方と人生経験の豊富さでは足元にも及ばない、人間らしさ溢れる女性で人生の先輩のような人です。

彼女から教わった多くのことのうち、私が常々意識していること。ビジョンを描き具現化に邁進する際、必ず最後、現実の市場というフィルターを通して確認すること。これは上司から直接言われたことではありませんが、私はそう理解し骨の髄まで染みこんでいる考え方です。そこに義父からの「自分が今どこにいるのかという出発点を見誤ると、うまくいくものもいかなくなる」というアドバイスがついてきます。今春、とある方にお願いし、群馬県のものづくりの現状について話を伺う機会に恵まれました。その中でも感じたことです。

例えば、ギフト提案。いくら目新しく魅力的で絶対にいけるだろうと思っても、3,000円、5,000円、10,000円という価格帯に落とし込めなければその企画は見送るべきという判断。その際、税抜き3,200円までなら消費者も出すだろう、3,300円ならどうか。3,000円を切ることは絶対にしない。日本の贈り物文化やギフト業界のルールを踏襲するというフィルターを通し、現実的な提案に落とし込む。イタリア食材のECサイト活性化支援という案件では、ターゲットを場合分けし、どんな風に食すかを想像した上でセット企画を提案。実際に購入し食べて飲んでみると、そのECサイト内の食材で完結する家飲みなど存在せず他にどんなものがテーブルに並ぶのかがより分かる。盛り上がれば、家にストックしてあったつまみや1人では開けるに至らなかった食材が突如陽の目を浴びる。そうすると、女子会セット企画もよいが賞味期限の長いつまみもいいと気付きます。バッグであれば、仕事で使えそうなデザインであってもA4がギリギリ入らないとなれば購入者の選択肢から外れる可能性が高い。たとえそれが製造工程での制約であったとしても、作り手側の都合は市場で支持されにくいことは想像に難くありません。であれば、違うものを作るべき。「一部の富裕層を対象に」と言っても、その富裕層に直接リーチできる手段があるなら別ですが、雲の上の話であれば出発点の見誤りです。また、有名著名な方を誘致しPRしてもらうということも見聞きしますが、当たり前ですが本心で支持してもらえることが理想だと心底感じます。

話が逸れ、恐れずさらに逸らすと、世の中にはそういった先読み先回りに長けている人が大勢いると日々感じます。今では当たり前の「あなたにオススメ」「お気に入り」「これを買った人はこれも見ました」「購入履歴」というECサイトの基本機能。そしてビッグデータからの、新規のお勧め。宿泊予約の際は、最安値プランとともに2000円分のポイント付与プラン。個人のカードで出張アレンジをする際に支持されるプランでしょうが、その意味に気付いた瞬間、最初に考えた人はすごいなとPCの前で深く感心してしまいました。
良くも悪くも、選択肢が溢れる時代。どのメーカーから、どのサイトから購入するのか。いい大人であれば、小さな工夫や意図に気付き共感し、企業姿勢から選択することもあるだろうと考えます。いつしかアマゾンが配送時のオプションとして「できるだけまとめて配送する」という選択肢を提示。こういうブラッシュアップは素晴らしいし、きっと市場からの声も多かっただろうが、そこにそのボタンが実装されるまでの調整や現場整備等に尽力した人たちがいたのだろうと思うと 私の中でのアマゾンの株が上がります。
今の商品やサービスに 小さな工夫を施すことで支持され、売上がじわりじわりと伸び出すことがある。細やかな工夫は、こちらの想像以上に記憶に残り、そのことがきっかけでファンとなる場合もあります。欧州の3つ星レストランに商品を送り、後日フォローアップのため足を運んだ際、「緩衝材の巻き方が美しく 箱を開けた瞬間溜息が出た」と言われたことがありました。間違いなく、企業姿勢(正確には当時のパートさんのお人柄による部分も大きいですが)に共感しファンとなってくれた瞬間でした。たとえ購入に至らずとも応援し、紹介してくれる心強い存在です。 また、シンガポールのミシュランシェフも数年後、私たちが初めて出会った際(私が営業に行った先のシェフだった時代)に 私がiPadに入れていった1枚の画像について、いかにそれが記憶に残っているかと力説を。嬉しくも、やや驚いた再会でした。

私にとって、中小企業や個人事業主の方々の規模感は非常に魅力的です。 その規模だからこそ、小さな工夫や改善の積み重ねが目に見える売上の変化に繋がっていく可能性を秘めていると感じます。注文が殺到するという嬉しい悲鳴もよいはよいですが、社内を考えるとゆるやかな売上増が続くという状況が最善ではないかと感じます。特に4社目での「売上が前年比135%という嬉しい悲鳴が続いた」状態にいた経験から、そう強く感じるに至りました。そしてニッチなターゲットを設定しても必要な売上が見込める可能性があり、面白そうだなと他人事ではありますが 勝手に想像します。 大きなお金を投資し1からの改装や商品開発をする前に、見直し取り組める小さな何かがあるかもしれません。書類1枚、メモ1つ、椅子1脚、棚1段。その際、現実の市場と照らし合わせたり 人の潜在ニーズを細やかに想像してみるというステップが大切と感じます。
私の立場からすると上司と義父からの教訓は常に意識すべきものですが、もし自分が作り手や提供側になったら、どこかのタイミングで必ず現実と照らし合わせること、そしてできるだけ具体的に想像しできれば体験してみること。作りたいものや提供したいサービスを信じて具現化することも大切ですが、いう間でもなく求められるものを提示できた時の喜びも大きいはず。現時点では、両輪が理想なのではないかと個人的には考えています。いずれにせよ、何を作るにしてもその提示/提案方法が重要で、価格はその大きな要素の1つ。そして、期待値を上回る(記憶に残る)工夫を心がける。自分への戒めでもあります。

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