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  • 商標や海外PL保険について、今だから思うこと

    商標や海外PL保険について、今だから思うこと

    これまでこのテーマについて積極的に発信しようと思ったことはありませんでした。世の中には知見を深めたスペシャリストがいるため、私に言えることはないだろうと。しかし、昨年引き受けた1つの案件を通じ、考えを改めました。そのこと含め、商標や海外PL保険について私の考えを書き記すこととします。ものづくり中小企業(ネジ等の部品もそうですが、それ以上に消費財メーカー)の経営者の方には、特にご一読いただきたい内容です。

    昨年、都内の老舗硝子メーカーさんのお手伝いをしていました。ざっと見るに、工場に職人さんが20名ほど、 梱包発送作業等に5名前後、事務職は2~3名でしょうか。優良企業と思う会社さんです。依頼内容は、英文覚書書類の内容確認。 よくある、複写式の契約書の裏面の内容です。 英語で細かい文字がびっしり並んだA4で2枚分にもなる覚書の内容を読み、訳し、納品する際に自分なりの意見を添えました。
    余談ですが、本来、会社としてサインしても問題ないかどうかを確認するということは、然るべき資格や経験のある人に依頼するのが理想だと私も思います。しかし、中小企業という会社規模からして、予想される取引額と比して今ここに数十万円を払うほどではない。しかし相手にサインを求められている。そういう状況において、ベストではないがよりベターな選択という観点から私にいただいた相談であると理解しています。今回のケースにおいて、私自身が責任の取れる立場ではないため、
    ・各文章をできるだけ忠実に訳す
    ・可能性があれば口頭でリスクや考えられる場合を補足する
    ・日本語を整えるステップは省き、迅速に対応する

    10項目ほど和訳したところで進め方の確認をし、中ほどで一度電話でお話ししました。議題は、商標の確認と、海外PL保険についてです。

    契約書や覚書書類なるものを久しぶりに熟読しましたが、これは作成した側の会社のスタンスが如実に表れるものだと再認識しました。相手から提示される書類は大概の場合、相手に利があるようにできている。当然のことと頭では分かっていたものの、いざその各文章に向き合ってみると驚くほどそうでした。何も問題がない時には単なる紙きれではあっても、いざ何か困ったことがあると大きな盾となる。小さな文字でびっしりとうめつくされる紙面の中に、「いついかなる時も私たちを訴えない」などと上品な言い回しでさらりと盛り込まれる文書。やはり、読まず(理解せず)してサインするというのは大きなリスクです。外国の会社とやりとりをする場合、複写式のオーダー用紙を頻繁に目にします。展示会場であれ事務所での打ち合わせであれ、複写式の場合にはその場でサインせずに 後日データもしくは原本で送ってもらうことをお勧めします。

    さて、話を戻します。商標については、JETROさんや中小機構さんのセミナー等で、私自身、かつて何度か耳にしたことがあるので ここでは そう掘り下げることはしません。有田焼の産地のように、先に外国で商標をとられてしまったために思うような訴求ができないという困ったケースというのは、実は他でも耳にします。マイナスから始める海外対応は本当に大変だと思います。一度確認されることをお勧めします。

    そして、本題の海外PL保険について。PLとはご存知の通り、 製品の欠陥によりその消費者となる第三者が体の障害または財物の損壊を被った場合、その製品の製造・販売に関与した事業者が被害者に対して法律上の損害賠償責任を負う。 Product Liability=製造物責任です。海外取引の注文額がそう多くない中で、ここにリスクヘッジのためとはいえお金をかけるのか。素材も素材であれば尚更「まだ今は輸出量も少ないからいいだろう」という判断になることは容易に想像ができ 理解もできます。
    しかし、実は輸出量が少ない少ないと思っていても、実際には想像していた以上にすでに国外に商品がわたっているケースもあります。 国内の取引先に納めた商品の一部が実は輸出されていた、少量でのサンプル販売を繰り返していた、さらには外国人が日本を訪れた際に購入し持ち帰っていた、という場合。 この最後のケースは、もはや追いきれるものではありません。個人が旅の途中で購入し持ち帰ったものでさえも外国から製造元として訴えられる可能性があるというのは、恥ずかしながら私の知識にも概念にもない内容でした。 膨らませると、日本のお土産として日本人が購入し外国に運ばれるものもあります。
    冷静に考えてみると至極当然のことであり、しかしロジックとしては理解できるものの 全世界に羽ばたいてくすべての商品に製造責任がつきまとうというのは 一社員からすると やや及び腰になりそうな状況です。当時の私は、欧州では水質の違いから 日本とは異なる問い合わせや交換を余儀なくされるケースがあり、ロシアでは 冷凍庫保管をしていないにも関わらず 類似の状態に商品が置かれる可能性もあるのだと知り、 取扱説明書の文言検討に追われていました。食洗器もメーカーや洗剤の違いで洗いの原理が異なったり、プロ向けであればレストラン設備の違い等で HR業界への訴求にも一概に言えない不安要素を感じたりと、次から次に課題とにらめっこ。どのような状態で使用や管理がされているのかもまだまだ把握しきれていない中で ここまで思いを馳せることはできませんでした。
    私が自分でも色々と調べるきっかけとなったこの話は、先輩経営者からのアドバイスによるものでした。アメリカでコンテナごと紛失した経験がある方で、私が想像できないほどの困難な状況をくぐりぬけてきた人です。例えばアメリカで訴えられる場合、その事案において販売元と製造元にそれぞれどの程度責任があるかが整理されるという。アメリカ現地の販売店はその規模問わず保険に入っており、当然日本のメーカーも海外PL保険に入っているものと思っている。訴えられた際に、販売店側も製造元である日本のメーカーが海外PL保険に入っていなくて驚いたというケースも聞きました。日本においても、百貨店や多店舗展開されている小売店、それ相応の規模の販売店であれば海外PL保険に入っていると推測されます。今回は、「ガラスという素材であれば、尚更、具体的に検討するいい機会かもしれないですね」という示唆をいただきました。

    そんなことは、そうそう起こらないではないだろうと思う一方、文化が違えば価値観も行動も違う。トラブルも想定外です。日本では考えられない使い方をする場合もあれば、使命感と善意で本気で法的に訴えてくることも考えられます。手間も時間も労力もかかるから生死にかかわる事案でなければ穏便に解決しようと思いがちな日本人に対し、相手は専門家が一括で対応し法的な手段をとった手数料含め訴えればマイナスはないという考え方かもしれません。

    私たちからすると言いがかりと感じるケースや、個人の責任ではないかと思う場合であっても、被害者(訴える側)が訴えるという行動に出る以上は対応しなければなりません。損害賠償金はもちろん、そういった訴訟費用や対応にかかった費用等が 海外PL保険で補償されます。

    これだけ人が行き交う時代、思いもよらぬ何かに遭遇する不運に見舞われる可能性が 2、30年前よりも明らかに高いという事実は認識すべきと思い 今回ここにまとめることとしました。これまで起こらなかっただけでいつだって起こる可能性があるという、そういう類のことと感じます。 ネットで検索すると色々と情報が出てきますし、お付き合いのある保険会社さんに一度ご質問されてみる、また実際に加入している方のお話を聞くこともよいと思います。不安を煽りたいわけではありませんが、事業規模の大小を問わず ものづくり中小企業や個人の方々には、海外PL保険に加入されていないのであれば、入っていないことを入っていない状態として認識していただきたい。そう感じています。

    ※私的な考えを綴ったエッセイです。無断での転載・複製はご遠慮いただいております。

  • 東京から移り住み5年、振り返って思うこと

    東京から移り住み5年、振り返って思うこと

    今この文章を書いているのは、梅雨時期の貴重な晴れ日。息子2人を森のようちえんに送り出し、3回洗濯し、正午すぎ。外気温19度、心地よい風と鳥のさえずりが窓から入り、ふと窓の外に目をやると人工物ゼロという環境です。

    人口4,400人(2019年6月時点)の、群馬県の最北東に位置する利根郡片品村に生活の拠点を移して早いもので5年目になりました。主人の仕事の関係でここで生活しているのですが、今思うことを書き留めます。

    尾瀬の郷として知られる片品村の面積は391.8平方キロメートル、人口は4,400人(2019年6月)。面積が最も近しい市区町村は390.3平方kmの熊本市、その人口は73.9万人(2019年5月)。面積が416.9平方kmという、私の姉家族が今春まで暮らしていた宇都宮市でも人口51.9万人(2019年3月)。比べようがないほどですが、それはそれは広い土地にポツンポツンと人が暮らしているようなもの。実際には片品村も全国の過疎地と同じく、その殆どが森林エリアで、村の面積の92%にも及ぶそうです。市街地のように、家が連なっている住宅街もあれば 我が家のように隣家が数10メートル離れているというエリアもあります。
    私の場合は、嫁いできたため「自然の中で生活をしたい」「都市部から少し距離をとりたい」という内発的動機がもとになっているわけではありません。また、主人の実家がこの村で家業を営んでいるため 他の地域という選択肢はない。 よって「田舎で暮らしたいが仕事があるかが心配」という懸念もなく、その点では非常に恵まれている田舎暮らしです。結婚当初は東京にアパートを借り、ゆくゆく生活の拠点とするのは片品村と見据えた中で約2年かけ 夫婦で準備していきました。

    実は結婚するまで足を踏み入れたことのなかった群馬県。群馬の中でも超がつくほどの奥地に住むようになり今思えば当時驚きは幾つもありました。まず、家にも車にもカギをかけない。子供は大概、下の名前で親しみを込めて呼び捨てされます。児童館の先生もそう。あわや接触事故と思った相手は鹿だったりします。この村には、信号が1つしかありません。村内の電力は 水力発電で100%賄われていると。 蛇口から出る水は、湧き水。区役所でも市役所でもなく、役場という響きに少し萌えました。夏は、避暑地のため合宿やお泊り保育、林間学校でにぎわいます。冬以外は、 中禅寺湖や日光にぬけるドライブルートが人気です。 冬は、関東唯一の特別豪雪地帯に指定されており乾いた雪がよく降るためウィンタースポーツが盛んな村です。山奥なのに、県内外の人が行き交うんだなと引っ越した当初は、逆に驚いたことを覚えています。

    欲しいものや物足りなさも列挙します。まず、書店がほしい。街に出ると、必ず本屋さんに立ち寄り、家族で大人買い。ネットでは満たしきれない実際に手に取りパラパラしたい欲求、本との偶然の出会い、背表紙から受ける刺激は都市生活の大きな大きな価値です。良質な情報やアートと文化に触れたい。子供が小さいとはいえ、欲求が存在していることは記します。 オシャレなカフェがほしい、美味しいハード系のパン屋さんもほしい。飲みに出る飲食店が少ない、タクシーもほぼない(事前に予約)。地方都市以上の田舎ではお金で解決したいと思ったとしてもその選択肢さえないことがあることを痛感。フットワーク軽く、会食に出られない。都内在住時代は週5で飲み歩き、人に呼ばれれば時間さえ合えば向かったものでした。縫うように予定を入れ暇さえあれば人に会う。結果として手帳は1年中予定でうまる、おそらくそういう生活が好きでした。

    とはいえナイナイ言っているのもつまらない。楽しみ方を変える方がよっぽど健全で自分自身も楽しい。そして気付いたこともありました、 田舎は田舎で実は案外元気です。 楽しみ方も人それぞれ。毎年海外旅行に行かれるご夫婦や、高級お取り寄せグルメを楽しむご家族、車が好きで数台保有する旦那さん。仕事で富山県に半年住んでいた際も、旬の時期に早朝ホタルイカ漁に出てから出社する同僚に、驚くとともにいい意味でグーで殴られたような。今思い返しても、笑みがこぼれます。
    山奥は山奥で、これはこれでいいものです。都市部のノイズや価値観が、いい意味で入ってきすぎない。 静かで、研ぎ澄まされます。 また、日本でも世界でも、田舎はどこも毎日がFarm to Table。野菜はその日食べる分だけ収穫し、多くとれたらおすそ分け。野菜に泥がついていても 庭で洗い、キャベツの葉やネギの根っこも庭で処理するため家は汚れない。包装資材というゴミも出ない。夏場は殆ど野菜を買わないと多くの友人も口にします。多く採れた野菜の保存には数々の知恵と工夫があり、その意味を理解できるようになってからは下処理にかかる手間ひま含め先人たちには頭の下がる思いばかり。スーパーに並ぶ加工品の値段に首を傾げるようにもなりました。
    友人知人らは口を揃えて、「子育てにはこれ以上ない環境だね」と。本当に、その通りだと思います。 近年耳にするようになった非認知能力(忍耐力・社会性・感情コントロールの3つを中心とした感情や心の働きに関連する能力)や、GRIT(Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)の4つの要素からなる「やり抜く力」)のためにも、自然の中で5感を使って大いに遊ぶことがよいと言われ、その環境が整っています。我が家も、子供達が森のようちえん(毎日ほとんどの時間を外で過ごす遠足のようなようちえん)に通うものの、休みの日も外で過ごすことが増えました。川で遊ぶ、散策に行く、重機を見に行く、庭で焚き火をする、七輪での簡単BBQ等。ようちえんのおかげで、家仕事にも積極的です。枝葉の管理、草刈り、干し柿作り、洗車、散歩ついでの山菜採り等。
    大人にとっても、実は新しい価値観との出会いが豊富でした。私に関しては特に、農業と健康。パーマカルチャー、F1、農薬や添加物、常在菌、自己治癒力、ホメオパシーなど、新しい価値観に触れています。恐れずに言うと、特に食の安全には強い関心があり、今のところ購入することでの意思表示を行っていますが それ以外の関わり方ができる機会(英語の記事翻訳やエディティング)があればと思っています。

    時代の恩恵は、確実にこの山奥でも享受できています。確かに、午前指定はちょっと過ぎることがあるけれどヤマトさんも来てくれる。ラジオも入りにくいが、数局は入る。パルシステムはないが、COOPはある。流通の革新には、全国の田舎がその有り難さを噛みしめていることでしょう。インターネット、WIFIのおかげで、家族や友人と、取引先と、無料で通話し放題になりました。アメリカに住んでいた25年前、時間を見ながら通話し、時にFAXで祖母らとやりとりをしていたことが懐かしく思い返されます。5Gだってこれから徐々に入るらしい。

    それでも自然が今以上に破壊され、これ以上の電波や電磁波に浸る生活は嫌だなと思い そう口にしたら、先日お時間を頂戴したGoogle日本法人の元社長であり起業家である辻野氏が「もともと世界の技術革新や進歩は生活の質の向上のためだった。しかし今その弊害や懸念が指摘されるようになった。しかしそれらマイナス面にばかり目を向け新しい技術や概念に否定的になるよりも、 どう使いこなすべきかに取り組むべきだと思う。今また人間の叡智が試されているのではないか」と。どう使いこなすのか、どう付き合うのか。大都会の、海の向こうの、大企業だけの話ではない。こんな山奥の日々対峙する事象にさえ通じる考え方。物事に向き合う際の、1つの指針となる言葉です。

    子らは外で遊べば、大抵程なくして泥まみれ砂まみれ水まみれか雪まみれ。洋服には落ちない汚れが残り、ズボンには穴が空き、靴はすり減り靴下が顔をのぞかせます。一張羅をとっておくこと、よき友達に相談する(譲ってもらえないかと)ことで対応しています。躾において、細かいことを言い続けては子供も私もお互い身が持たないと諦めたことも多々あります。あのまま東京にいたら、2人の息子への関わり方は明らかに違っていた。見栄っ張りでプライドが高く周囲の目を気にする私が、さらに表に出ていたはず。この村の豊かな自然が、私を解放してくれたとも言えます。

    私の山奥での生活は、山奥だけの生活ではありません。山奥を拠点とし、時たま山から下ります。子供の成長やタイミング、夫婦のバランス次第で、今後もその頻度や長さは変わりその点においては柔軟にいたいと感じています。 また、友人知人も、実は結構訪ねてくれます。人は思った以上に、移動している。当たり前だが、毎日、何万という人が公共交通機関で県を国をまたいで移動する。もちろん、移動しない人もいるが、私も全国に、世界に、再会を楽しみにしたい人が沢山いる。主人や息子らを会わせたい。いつかいつかと先に延ばしにせず、1つ1つ実行に移すかっこいい母ちゃんでありたいです。

  • いつだって悩ましく難しい、「英語ができる」スタッフ探し

    いつだって悩ましく難しい、「英語ができる」スタッフ探し


    会社員時代、皇居にほど近い丸の内エリアに、自社として初めての路面店を出店することになり その立ち上げ担当となった。 完成した店舗は横に長く、8-10メートルほどの通路に面した側が、床から天井までガラス張り。商品の価格帯は1200~15,000円、まとめ買いすればあっという間に2-3万円になる自社商品をすべて置いているいわゆる会社の旗艦店。
    引渡し前の立ち会いチェック、備品の洗い出し、本社とのやりとり、人材確保そしてスタッフ教育。スタッフ採用に関し、ある程度の裁量を与えてもらっていたが、社長から提示された条件が1つ。スタッフとなる人は、英語でお客様とやりとりができること。

    巷でよく言われる「英語ができる」に求めることは、その達成目的によって大きく異なります。そして社長からのたった1つの条件が、今回のそのハードルは、相当高いと大きく息を吐き出したことを覚えています。
    社会人として体得すべき仕事への姿勢や取り組み方を粘り強く私に叩き込んでくれた1社目の会社にて、1年目の2月だったか、そこから派遣社員さんの採用活動を担当することとなりました。私付きとして、私の指示とマネッジのもとで業務を遂行してくれる派遣社員の方を自分で採用しなさいという上司からの提案です。全体像が見えない中でも暗雲の中に責任という文字が見え隠れし、当時の私にはそれはそれは肩に重くのしかかる。終始私につきまとい、溜息しか出ないくせに 業務上のベターのためにはやるべきだとも分かっている。そんな腹のくくりきれない私に対し、その上司は1週間後、「そんなに悩んでるなら、その悩んでる時間を俺はその派遣社員さんに充ててほしいと思うよ」と。
    そこから私を取り巻く「人」の物語が始まりました。毎週のように人材派遣会社さんからの紹介で面接を繰り返し、在職中は常時数名の方に来ていただくことになりました。苦い、歯がゆい、胃が痛くなるような経験もそれなりにし、例えば派遣会社が潰れその方にはっきりとモノを言われたり、持病が悪化したり、突然夢に向かいたいと言われたり。「人」のことはいつだって悩ましい。「誰かに頼むより自分でやる方がよっぽど楽だ」と何度終電間際の新宿駅に向かう帰り道、「溜息をはすぐに飲み込めば大丈夫」といつかの古い記憶に励まされ 夜空を眺めたことか。

    当たり前ですが、社員と異なり、派遣さんやパートさんにどこまで会社が求めるかは色々な考え方があり、私もそれについては日々考えてきたつもりです。
    そして私の採用は過去の反省と私なりのルールがベースとなり、ここでは久しぶりにその原則を引っ張り出して対応しました。

    今回私が描いた、採用閾値(スタッフとして旗艦店で働いてくれる人のイメージ像)は、過去にビジネスで英語を使用したことがある、駐在で旦那さんについて住んでいたことがありご自身も勉強熱心なタイプである、英語での実務経験は少なくとも日本語が美しい、学生時代に塾や企業の受付業務をしていた、など。そして、年若い私から指示や指摘を受け止められること。この最後の1つが、実は案外尾を引くことがあると感じてます。中長期的にその方がいいコンディションで業務と向き合ってくださるかどうかの、一番難しい部分であったりする場合があります。英語をビジネスの場においてある程度自由に使いわけ 会話ができる人であれば、他の企業にとっても当然魅力的です。且つ、そういう人は当然ながら学習意欲も経験を積むことへの意識も高いことが多く、次のチャンスを考えています。そして、当然やってこられた自負がある。若い私からの指摘をどう感じるのか、反発されても部分的にはまあ当然と私だって思うわけです。 言語スキルが高くビジネス経験があり、さらなる習得と本人に就業の強い意思があったとしてもいいお見合いにならないケースもある。それがこういう場合です。たとえ採用に至ったとしても、早いうちに他へ移ってしまうケースです。

    ”英語を使う仕事です”業界の中で、ほぼほぼ無名の会社が、東京のど真ん中でそんな素敵な人を採用できるのかと。(当時は東京での認知度はまだかなり低く、ものづくり業界の中での盛り上がりと世間との温度差を一担当としてひしひしと感じていました。)
    採用に関しては、きっと皆さんそうでしょうが、結局最終的には感覚を信じることにもなるわけです。喉から手が出るほど誰かに来て欲しいけれど、その誰かがいることによって次に出会えるかもしれないさらに素敵な誰かの席がなくなる。でも暫くその次の素敵な誰かに出会えなければ、私はどうするのかと。その時に ふっと決めるのか見送るのか。その人に会った自分にしか分からないし、30分やそこらで何が分かるのかという気持ちにもなる。すると、時として、賭けのような思考回路になるんです。一度採用を決めたら決めたで、確かに心はスッキリもします。あとは、その方とすでにいるスタッフと、よりスマートでお客様に心地よいと感じていただける空気を作り出し、商品を伝え 販売していくこと。そこからは、とにかくその人に全力で向き合うこと。
    1つ質問をされれば、はっきりとした言葉で返事をし、加えて「過去にこういうケースがあった、こういう場合も考えられる、本社ではこういう風に捉えている、今の判断はこうだけれども 今後方針が変わる可能性だってある。だから、お客様には例えば~と伝えたり〇〇というフレーズを使うこともある」と。日本語で説明し、具体的に英語でのフレーズを確認する。過去に海外出張中であったケースを共有する。とにかく毎日、オープンした当初は 言葉通り私自身が毎晩終電で帰宅する日々でした。お店が閉まるまではスタッフとよく話し、ニュアンスを繰り返し確認し、彼女らが帰ってから自分の仕事をするという。社長にまつわる笑い話や工場の作り手、 電話でやりとりをする事務所メンバーのことも、私が知る範囲で沢山話しました。振り返れば、何の化粧水を使っているかとか旦那さんとのこぼれ話も懐かしく、また、高岡や富山出身のお客様も多く足を運んでくださり 本社工場から遠く離れた東京の拠点でも高岡や富山の話題をよく耳にしました。その度に、「すごいのは社長であり、こうして足を延ばして寄ってくださる方々の期待を裏切ってはいけない。ここは言葉通りの旗艦店なんだな」としみじみ思ったものでした。

    余談ですが、アルバイトスタッフの採用とあわせて正社員雇用となる店長の面接も同時進行させ、3名の面接をしましたが ご縁がありませんでした。結局オープン時は自分で店長という草鞋を履くことを選び、程なくして日本橋と銀座の百貨店担当にもなりました。各百貨店からのリクエストで 先々の企画提案をまとめ、店長たちとはクレーム事例を共有し、各々の店舗特性を踏まえ各店舗がどこを目指すのかを明確に。
    その後見つかったこの旗艦店の店長は、主人の元同僚でした。人探しの1つの進め方は自分の友人知人を見渡して、「この人に担ってもらいたい。その人がダメなら、この人のお勧めの誰か」や「この人の周りにいる人なら、きっと間違いない。まずはこの人に直接相談をする」です。この彼女に関しては「誰かいないかなー誰かー」と人探しが進まなかった数か月の間に、私がふと主人に「もう一度だけ、携帯の電話帳を見てもらえないかな」で突如急浮上した女性です。ちょうど彼女が前職を辞めて何もしていなかった時期に、タイミングよく主人が「なんで今まで思いつかなかったんだろう」と紹介してくれた方でした。

    話を戻すと、最初に自分の描く最高値(仕事上の自分の分身)を背伸びしてでも描き、3か月なり6か月なりの期間を設定し、本人にも伝え、そこに向けて時間と意識をとにかくかける。包装や熨斗対応といった、店舗運営上の大切な項目は得意な人たちの力を借りる。スタッフに求めることは、雇用形態の違いはこちらの都合だけなので、妥協をしない。気付いた時点で伝える。英単語1つ、動き1つ。そのうち、ガラス張りの店舗で立ち居振る舞うことを心地よいと感じ、ある種そのステージで演じることを楽しめるようになってくれたらと思っていました。

    東京であっても中小企業における「英語ができる」スタッフ探しは、なかなか難しいと感じています。任せられ、そしてその人が数年にわたりいい仕事をしてくれるかどうか。それでも一方で、組織が小さいが故に なおさら人次第で目に見える変化がすぐにでも起き出す場面や出会いたかった相手を紹介してもらえる瞬間に身を置くと、ああやはり人なんだなと深い確信へと繋がります。

    しかしこう言っては元も子もないとはいえ、英語ができることもそうですがそれ以上に、その人のまとう空気感や笑顔の様子、凛としたオーラの方が、実は会社として伝えたいことをよりしっかりと相手に伝えてくれる要素になるのだと後に気付くことにもなりました。最低限の専門用語は覚えるべきですが、ゆっくりと丁寧に会話することを心がければ、簡単な単語やフレーズで十分とも言えます。例えば ニュアンスの難しい内容であれば 文字でまとめて それをご覧いただければそれでよい。何も会話で伝えるだけがすべてではない。お互いにいい大人、きっと伝わるはずなのです。実は、そういう人たちを 海外展示会のブースでも時たま見かけます。英語は単語だけであっても、雰囲気に圧倒されたり つい目がいってしまう。雰囲気に所作、そして笑顔とアイコンタクト。英語がどれほどできるかにこだわりすぎると、本当に大切な何かを見失いそうにもなる。今はそう思っています。

  • 英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    英文メール、楽ではないが奥が深くて面白い

    日本語を母国語とする誰しもにとって、往々にして外国語でのメール本文作成は、日本語でメールを作るのに対し 時間を要します。要する時間はその内容や相手との距離感によって大きく変わりますが、1割増しから2~3倍、10倍増しにだってなり得ます。

    私自身、1社目では社外やりとりは7割がた英語、2社目ではものづくり中小企業の方々に代行して コレポンする機会が何案件かあり、3社目では1つの案件でやりとりを。4社目では営業活動を始めるにあたってのマスメール、飛び込み営業のためのアポどりメール、紹介をいただいての挨拶メール、プライスリスト送付時の営業メール、お礼メール、そして代理店や販売店候補企業へのメール、日本国内での売上状況や生産状況を説明する戦略共有メール、またプレス向けのリリース配信メールなど 様々な種類の英文メールを作成してきました。

    電話は苦手でも文章ならなんとかいけるという方も多いかもれしれませんが、メールというのは非常に奥深いツールだと思います。ここでは外国との英語でのやりとりに絞りますが、例えば;
    ——————————————-
    ・文字と資料や画像が、瞬時に相手に届く。
     (かつて郵送物をやりとりしていた時代とは時間感覚が全く異なる。)
    ・アルファベットでのやりとりにおける互換性は担保されている。
    ・記録として残るため、後々裏付け書類にもなることがある。
    ・口頭でのコミュニケーション後に補ってくれる。確認のためメールを送る
     というのは相手が外国の方の場合には必須ステップ。

    このまま、英文メールの話を少し発展させようと思います。
    メールは、うまく活用するとその人との最初の出会いを強く印象付けられるツールにさえなります。それは営業であれば、事の始まり。以下は、私が4社目においてたどりついた自分の成功パターンです。メールでの事前のやりとりを営業活動における序章として、どう膨らませ位置づけられるのか。私が目指すゆるやかにデザインしていくということのゆるやかさとは、こういうことを指しています。
    日本人の氏名は、どちらが 姓か名か、性別でさえ分かりにくい。この分かりにくさが予想以上のギャップとなる瞬間があり、私にとってはいかにそのギャップを大きく強烈なものにできるかが実はビジネスにおいても非常に有効になると当時ふと考え始めました。在職中、自分なりのセオリーを確立していったことを思い起こしています。私でいうそのギャップとは、会った瞬間相手に感じてもらいたい裏切られ感。事前のメールのやりとりではビジネスパーソンらしいポライトで洗練されたフレーズを織り交ぜつつ、ロジカルに、明言をし分かりやすく。相手に“ビジネス経験を積んだ経験豊富な海外マーケットを統括するマネージャー”らしいイメージを持ってもらいたく、イメージする人物像の性別は意識せずとも時たまはっきりとした物言いをするため メールの受け取り手は男性かなという印象を受けていたかもしれません。
    そして迎える、はじめましてと握手する瞬間。きっと思い描いていただろう最初のミーティングでそこに現れたのは、見るからに若く童顔な女の子。 あからさまに、「Okay.. well, come in.」からはじまった出会いもありました。「荷物はこれだね?手伝うよ」と持ち上げようとする時に、私は「Oh, thank you. But be careful, it’s quite heavy.(あら、ありがとう。でも気を付けて、結構重たいから)」とサンプルをぎっしり詰め込んだ23キロのRIMOWAを預けて言うわけです。当然相手は、「なんだこれ!こんなの持ってきたのかい?」と。
    その後のMTGにおいて、自分が話すべき相手が私であり私しかいないのだと相手が理解し納得してくれるところにまで到達できれば、事前のこの誤ったイメージは膨らませるに限る。そしてギャップとして印象に残るだろうと。要らぬ自慢ですが、私がそれ以上に描いていたのは「TOKYOから3時間も離れた街にある小さな会社に、戦略やら原理原則やら結構話せる女子がいた。しかも多分、結構若い」という印象付けでした。これを私は、徐々に輪郭をつけ、自分のスタイルとして在職中は意識していました。

    その人によって、ちがうべきであるこのスタイル。海外市場に対する会社の目指すところと自身の役割とともに、自身の性格や英語のスキルを客観視し、ゆるやかに想像してみるということも 海外市場においては有効と思います。なぜなら、ほとんどの場合、相手は国内市場と比ではないくらい、私たちを知らないからです。日本市場のような周囲からの情報もなく、往々にして描いたことをそう運びやすい自由度が広がっています。英語のスキルがそれほど高くなくとも その描き方がフィットし功を奏している例も身近に見受けます。彼は言います、「あんまり英語の表現を洗練させたくないんだよねぇ。英語はそんなにできないんです、でも一生懸命対応していますって相手に思ってもらっててほしい。そうすると何かあった際にもワンクッション置けるから」と。海外顧客との英文でのやりとりに関し、独自のスタンスを確立している。
    描いてその通りに無理して振る舞うわけではなく、しょせんビジネスだからということですべてにおいて計算すべきというわけでもなく。つまり、ちょっと思いを馳せて行動してみると、またちがった景色が見えるかもしれないという話です。

    余談ですが、ドイツでタクシーの運転手のおじいさんに「夜8時を過ぎたらホテルから出ちゃいけないからね」と言われていました。30歳にして大学生に間違われたかなと、今でも記憶に残っています。日本国内でもお茶汲みのお嬢ちゃんと間違われたかなと思うこともあり、しかし私にはチャンスにしか見えず楽しめるようになりました。メールのローマ字署名では、苗字は全部大文字にし (例:Yuko SAWA) 名と姓が分かるよう相手に配慮し、距離感を見つつ文中に私が女性であるとわかるような一言を織り込むよう意識しています。

  • 国内?海外?人が動くこの時代におけるマーケットの捉え方

    国内?海外?人が動くこの時代におけるマーケットの捉え方

    4社目で自分自身も多用していた“国内市場”と“海外市場”という言葉。これはつまり日本国内の市場と日本以外のすべての市場のこと。“海外進出”や“海外販路開拓”、この目指すところはつまり海外に拠点のある会社や個人に働きかけ契約を結ぶこと。オーダーフォームによる注文なのかパートナー契約なのかは別として、日本国内以外の顧客を増やすことを指すのだと認識していました。

    これまで、数多くの案件に携わり、他メーカーさんでの事例を間近で見聞きし、自分でも海外営業担当として 欧州、米国、アジア(中国とシンガポール)に出張で出向き、そして反対に日本で彼らを迎え案内する中で感じ考えていたこと。
    組織の運営上(例えば経理上)は必要なことかもしれないけれど、市場を認識する上で“国内市場”と“海外市場”という分け方は都合の悪いことが多々あると思います。国内も海外も、市場はこちら都合で分けられない。この先、この境界の曖昧さはさらにじわりじわりと浸食してくるはずです。

    過去にこんな場面に出くわしました。追いに追いかけようやく受注…と思ったら、日本に住んでいる友人の会社経由で注文すると。(なんと!そうなると、私が当時所属していた会社の捉え方では国内売上にカウントされてしまう。)もしくは、海外でお店や会社を経営している日本人の方であっても、実は日本にも拠点がありそちらから注文すると。オーストラリアのライフスタイルショップだけれど、注文はアジアの商社を通したいと。中東にある個人運営のギャラリーに、わざわざ欧州から何度も買い物に来る人がいると。ドイツのシステムキッチンメーカーもスタイリングの相談を持ち掛けたと。家族で旅行中に東京のお店に寄りお土産を購入した人が、後日欧州でのパートナーになりたいと連絡をくれたこと。アメリカの案件で色々と提案していたが、注文の段階になったら一括でシンガポールからするからこれこれこういうステップを踏んでくれと。スマートフォン片手に、キョロキョロしながら突撃訪問されるようになったと。
    また、こんなこともありました。私が4社目で店長をしていた時代、常々「弊社の商品はすでにどこかでご覧になられたことがあるか」「見たことがあれば、どこで」ということをお客様にお尋ねするようにしていました。英語であれば「NOUSAKUをご存知ですか?」と。相手に「何かお探しですか?」というような主旨の声掛けをするよりも敷居が低いと感じ、お客様へのファーストコンタクトを柔らかなものにすると考えたからです。その時の返答が非常に多種多様で、私が想像していた以上に、世界中で人は日々動いているし、人は世界中で繋がっていると強烈に感じたことが想起されます。

    だから、海外進出という概念も古くなってくると考えています。 情報の伝わり方が意図した経路とは異なる場合が更に増えていくでしょうし、購入経路も直接購入だけでなく代理店やビジネスパートナー、商社を介して、また知り合いや友人知人から。 会社のコストとしても営業活動費、広報や制作物にかける費用が、結果として国内と海外とでその境界が難しい場合が今後どんどん増えていくはずで、経理上必要な区分けかもしれませんが、営業戦略上は国内外市場を1つの大きなマーケットとして捉えられれば理想でありむしろ対応も取りやすくなるのではと感じるに至りました。海外進出というより、全社的な海外対応の促進です。
    また、日本国内にいても、海外市場を意識した海外対応という取り組みは避けられなくなりそうです。 この時代、海外のお客様が現れることはもうもはや避けられない以上、絶対的にしておいた方がいいという段階にきているとも言えます。その最たるものが 制作物の整理(メッセージの整理)、そして商標等と海外保険への認識です。後者についてはまた別の記事でまとめます。

    海外の展示会や出張に出ていくだけが海外進出ではありません。極端な話、海外展示会及び単独出張でPR営業行脚に出る投資と、羽田空港や都内の主要エリアに出店することで期待できる効果は、ある種似ているかもしれません。 「日本に行ったら絶対に買って帰りたいブランドとしての地位を確立する」ということも、ユニークな戦略であり海外進出の1つの形ではないかと以前ボンヤリと感じていました。 こういう考え方にご興味のある会社様に出会えたら、非常に嬉しいです*

    一口に海外と言っても、それぞれの国で結構異なる嗜好性。どの国のどの層への訴求ならできそうか、どんな使われ方なら可能性がありそうか、そんなことを考えるべきなんだろうなと思います。しかし、ほとんどの中小企業さんの場合には社長と社員1名もしくは社長が1人(もしくは外部コンサルタント等と)で海外関連マターを進めているという。 であれば、海外進出の第1歩として、PR/自社スタッフの言語慣れ/嗜好性分析という目的の元、そういった日本国内の観光地に出店するというステップも効果的かもしれません。


    まとめると、海外に積極的に出ていかない場合であっても、1)日本語以外のお客様を意識した紙資料の展開と、2)日本語以外での問い合わせや注文に社内が混乱しない工夫はどこかのタイミングでご準備されるとよいと思います。リスクヘッジを含めてです。この話はまた別途。

    できることは、商品とともに箱に入れる紙資料を捉え直す。 この話は「店頭で日本人が購入されても最終的にどの国の人のもとにたどりついているのかが分からない」という4社目でのふとした気付きによるものです。商品に添えてお客様の手に渡る情報を精査し一度日英バイリンで整えておく。そうすれば差し替える手間も軽減でき、伝えるべき情報の漏れもありません。もちろんコストとして最初はかさみますが、その商品の箱に入る小さな紙がクレーム防止に加えて営業と広報を担ってくれると思えば。尚、私自身は日本語の次に準備すべきは英語と考えています。例えアジア系の方々であってもある程度の価格帯の商品を購入する方であれば 英語を読み書きされるだろうという。また、事務所にいる受注対応者が 英語が苦手な人であれば 和英対応の定型文を事前に作り、空欄に当てはめれば対応できるようにする。注文用紙も、自社のものを極力使ってもらう等。

    海外に出るだけが海外進出ではない、そして海外顧客を意識せずとも向こうから来てしまう まさにボーダーレスな時代にあっという間に突入しました。英語英語インバウンドとあまり言いたくはありませんが、踊らされることなく時流に乗り、山奥からでも楽しんで乗りこなせるような自分でありたいと感じる毎日です。

  • 整合性と一貫性、スペルチェックや基本グラマーの重要さ

    整合性と一貫性、スペルチェックや基本グラマーの重要さ

    1社目の国際見本市主催会社にて、ビッグサイトの天井から吊るすバナーや通路に立てる看板、1000社を超える出展社の社名一覧、動線上に設置する各種看板の原稿チェックを担当していました。

    職業病とはまさにこのこと、それ以降 気になって仕方がありません;
    ・社名の法人格が CO., LTD.なのかINC.なのかどっちだろう
    ・半角スペース以上に空いている隙間は、なんだろう
    ・カンマの後にあるべき半角スペースが見当たらない
    ・同じであるはずの看板とバナー原稿のスペルが違う、なぜだろう
     (どこかで段ずれを起こしたか、文字が飛んだか)
    ・大文字であるべきはずが小文字になっている
    ・もったいない単語のスペルミス、なぜだろう

    例えば、英語での法人格。1つの会社で2‐3種類も存在する状態は、私にとっては気になって仕方がありません。日本国内での法人登記の際に、英語社名や英文社名(株式会社を、Co., Ltd.と表記するような社名)を登記することはできません。英文社名は登記するものではなく、各社がそれぞれ自由に決め 名乗ることができるとのこと。組織が比較的大きい若しくは大きくなる過程にある場合は、定款に定める場合もあるという。したがって、英文社名というのは登記によって決めるのではなく、各会社がそれぞれ好きに「名乗る」というような性質のものとなります。 しかしながら、そうであったとしても、一貫性は重要であると感じます。1つに決めるべきです。

    過去に自社で作成した書類、原産地証明書等の第三者が発行する書類、過去に提出した補助事業等の申請書、 会社の過去メディア掲載時の表記が 細部においてすべて一致している状態が望ましいと思います。会社沿革等の文字情報も然りです。その際に、FoundationとEstablishmentのどちらを使用していくのか。一度整理し、基本形を作成しておくとスムーズな発信ができます。

    余談ですが、1社目にて、東京ビッグサイトを中心とした都内の主要乗り換え駅を記した路線図を作成しました。その際、調べていて今でも記憶に残っているのが日本橋はNihonbashiではなくNihombashi。 社会人2年目で「入稿物は、念には念を入れダブルチェックすべき」という強烈な印象付けがなされました。また、英文書類で頻繁に見かけるダブルクオーテーション(“”)とピリオド(.)の関係。ピリオドは中につく。関連するものでいうと、カンマも中につく、クエッションマークとコロンとセミコロンは外につく。当然ながら、こういった細かな書き方にもルールがあります。

    すべてを覚えている必要はありませんが、特に発信内容(インターネット上であれ印刷物であれ)に関しては、過信せずに確認作業を行うことは重要ステップです。かつてこういった細部の調べものはガイドとなる書籍や精通した専門家に依頼するしか方法がなく、膨大な時間を要したはずです。大企業であれば可能ですが、中小企業においてはこのような細部の話は飛ばされていたでしょう。しかしこの時代、ちょっとした工夫をすればインターネットを活用し正しい解を導き出せます。

    なぜそこまでの細部にこだわるべきなのか。一貫性や整合性は、クオリティです。会社や個人、そしてそのモノのクオリティに直結してしまいます。あちらとこちらで1文字違っていたら、気になる人は気になります。1万円するグラスに添えられていたカードに、小学校で習うような文法上のミスがあったら 私たちはどう感じるでしょう?基本的なミスだからこそ、残念と感じその印象も大きくなります。いう間でもなく、書籍がインターネット上の記事よりも信頼される大きな理由です。もちろん、そこまで気にしない人もいます。しかしどうせなんらかの手間をかけて発信という作業をするのであれば(自社発信かメディア掲載かは別として)、ものの質や会社の姿勢を伝える際にマイナスとなる要素を可能なかぎり取り除くこと。そうすれば、その面での無用なマイナス要素は回避できる。そのための、ステップです。まずは、HPでよく見かける会社概要や会社沿革に掲載されている情報は、一度精査されることをお勧めします。 Word文書にテキストをコピペし、校正ツールにかけるだけで、要検討箇所が一発で表示されます。そのステップを踏むだけでも、有効だと感じます。

  • HPの自主制作を通じて得られた気付き

    HPの自主制作を通じて得られた気付き

    今ご覧いただいている本HPは、制作に関してはど素人の自身による自主制作です。
    私は、新卒の1年目から4社目の終わりまで、HPやシステムのディレクション業務にずっと携わっておりました。このディレクション畑での最初の仕事が、事業部で外部委託していた出展社管理システムの動作確認。IDとPWを入力するとまだ公開されていないHPが見られて、それが望んだ通りの動きをしているのかという確認が業務でした。当時、管理画面という別HPの位置づけが理解できず、一般の人には見えないHPが存在するという意味があまり理解できておらず、さらに「ここ(管理画面のテキスト入力欄)を触ると、あのホームページの文字が変わる」というつながりが見えず、当時は文章の修正1つで四苦八苦。
    その後 転職を繰り返し、所属した企業の規模によっては自主制作という選択肢も一瞬頭をよぎったものの、結局は4社目の終わりまで、自分で手を動かして制作するということは一切してきておりませんでした。
    餅は餅屋というように、そこはプロに任せるべきで私には私のできることがある;それが会社にとって最善だというのが 当時の私の考えでした。

    しかし5年もの間、仕事の前線から距離をとり、ずっと以前から気になっていたことがやはり今でも気になっている自分に気付いたのです。 テンプレート、オープンソース、ワードプレス、ムーバブルタイプ、そしてレスポンシブなどとよく耳にするようになりもう何年になるだろう。本当にそうなのか、実際のところどうなのか。実際、どんなものなら自分で作ることができるのか。
    Google日本法人の元社長が以前、「世界では無料サービスがどんどん開発され、ブラッシュアップされている。日本人はもっとフリーサービスを利用すべき」と仰っていた言葉が強く胸に残っていました。

    5年ほど子育てに専念して社会をなんとなく見てみると、やはり、一定数の人がHPやシステム構築に携わり 生計を立てている、そして個人のブログや趣味のHPを立ち上げる人は依然として大勢いる。ECサイトやカード決済への敷居もかなり低くなっている。メルカリやCreemaというサービス、noteなどという新しいプラットフォームも誕生している。やはり、気になっていたことに着手すべきではないかという結論に至りました。私も自分でできるかな、やってみよう、というHPの自主制作です。

    無料でどこまでできるのか、有料との違いはなんなのか。そしてその先にある、プロに依頼するとはどういうことか。 非効率なことが苦手な自身にとってわざわざど素人の自分がそれでも実際にこのステップを踏むかどうか、数週間行ったり来たり。それでも、今回も、ワードプレスの無料テンプレートをリサーチするところから始めてみました。
    そして本年7月から、ひとまず仕事再開で小さく始めるとはいえ、フリーメールにはやや躊躇いがあり、結局レンタルサーバー契約、ドメイン検討から登録、メールアドレスの設定。ついでにポートフォリオ代わりのHP準備。
    目的、イメージするターゲットの整理、構成の検討、サービスの整理を、ここでもまた行ったり来たり。今まで何気なく耳にしていたプラグインやウィジェットなどという単語や概念が徐々に身近になっていく新鮮な感覚の中に身を置いています。 今ご覧いただいているHPがまさに仕上がったもので、なんとか形になりました。

    しかし、結論として、私にはここまでだなと。コーディングを学ぶ気にはならず、WEBデザインという領域も然り。やはり、餅は餅屋であると感じ、今後もこの分野においてはディレクションという立場に身を置き 信頼する外部の方と連携したいと感じました。今回、本HP制作をおこなったことで、その思いが5年前に比べかなりはっきりしたことが非常に大きな収穫です。 プロに依頼する意味を体感でき、やはり自分でやってみたからこそ強く実感できたという。

    ご参考までに、本サイトはWordpressを使い、そこに有料テンプレートを挿入し制作しています。
    プラグインを3つ使用した以外は、そのテンプレートの範疇です。例えばTOP画像の切り替わりはもう少しシンプルでよかったのですが、そこに思いを馳せ時間をかけることはやめました。この仕上がりで、今の私には十分(good enough)と結論づけています。パソコンはWindowsで、サイト内の画像はすべてiPhone、編集はペイントブラシまで。
    制作の目的や使途、位置づけは具体的にイメージしています;
    ・名刺+αの、職務経歴書代わり。お会いした後、名刺に掲載したURLからアクセスしていただく。 また名刺交換前の、自己紹介ツール。また、私を紹介いただくことが発生した際に、知人やお客様にも使用していただきたい。
    ・SEO対策やアクセス数を増やす対策までは、正直今の時点では考えられておりません。したがってシェア機能等はつけていない。
    ・SNS連携もしない。SNSは公私混同で楽しんでいるため公開予定はない。
    ・無料ブログサービスではなく、いわゆるフリーランサーとしての自己紹介および書きたいことを書き溜める場。これまで社内外の会社紹介、製造工程、キャッチフレーズ、取扱説明書、FAQ、プレスリリース、店頭POP、自社HPのコラム等の文章作成を担当してきた中で、自分の書きたいことを書くプラットフォーム(COLUMNページ)。今が最終形ではなく、トピックにカテゴリーや語尾語調など 変化していくものとして捉えている。
    ・本ページにあるような長文記事は、「こんな人に届いたらいいな」と具体的にイメージする人がいることもありますが、好きなことを書き溜める場です。

    3歳5歳というまだまだ手のかかる息子らがいる中でこの7月から始動する、フリーランスとしての活動。
    仕事に邁進していた正社員という立場を離れていたこの5年は、子育てをする中で取り組むべき意義を感じられたものとクライアントとなる人に直接依頼いただいたもののみに携わってきました。その間、その制作物の性質と運用を考え、イラレ入稿ではなくパワーポイント資料として制作し納品することを提案した案件がありました。構成から文章までをすべて1人でこなした、30ページにもなる紙媒体の制作です。この仕事のおかげで、制作物の概念がまた変わりました。また、隣で夫の仕事を見ていてもそう、 Keynoteで作る資料やHPの更新、HTMLメールの活用などをサクサクと見様見真似でやっていく。
    プロへ依頼することと、素人でもできること。境目が曖昧でぼやけているからこそ、様々なオプションがあることも理解でき、ケースバイケースであると確信しました。